第327話 ◆KWN株式会社の会議室にて2
「……困ってません」
御剣が絞り出した答えは、玖命の意図にそぐわないものだった。
だが、玖命は怒る訳でもなく、呆れる訳でもなく、ただ――、
「そうですか、それならよかったです」
笑って御剣に言った。
そして、今の話題などなかったかのように、別の話題を振ったのだ。
「そうでした、クランの件でも相談があったんですよ」
そう言って玖命は、
「え、ク、クランの件ですか……? 私でわかるかどうか……」
「実は、今度の【
それを聞き、御剣は立ち上がる。
「だ、【WGC】に出席されるんですかっ?」
「えぇ、先日、荒神さんと越田さんが
「そ、それってお誘いじゃなくて説得なんじゃ……?」
「どうでしょうね。でも、行くからには色々調べておこうと思って」
「それ……私に話して大丈夫なんですか……?」
御剣がそう聞くのも無理はなかった。
伊達玖命が【WGC】に参加する。これは今、どこのメディアも入手していない情報である。それを、玖命があっけらかんと御剣に話した。雑誌記者といえど、スクープはスクープ。御剣にとって大きな収穫とも言える。
それを、玖命が話した。話してしまった。
御剣は、メディア側だというのに、そう感じざるを得なかった。
「御剣さんだから話したんですよ」
「……え?」
そんな玖命の言葉に、御剣が硬直する。
「月刊Newbie10月号の記事、とても良かったです。あんな記事を書ける人なら、そう思って、ちゃんと荒神さんや越田んさんにも了解を得てますから、安心してください。ちゃんと話していい情報です」
そう言われ、御剣はボッと顔を赤らめた。
だが、玖命にそれを悟られる訳にはいかない。
そう思い、御剣は顔を隠すように深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ!」
「月刊Newbie12月号の表紙、楽しみにしてます」
「はい! が、頑張りますっ!!」
精一杯、御剣が出せる目一杯の声での感謝。
だが、それ以上に、御剣は自身の記事を褒められた事に感謝していた。
(う、嬉し過ぎるぅううう……! 伊達君に褒められたぁああああっ!!)
「荒神さんと越田さんも、御剣さんは信用出来る人だっておっしゃってました。俺もこの目でちゃんと見て、そう思っただけですから……そんなにかしこまらないでください、ははは……」
「はい!」
「あ、でも、海老名の時みたいに戦闘の場には出ないで欲しいかな、と……ははは」
「先日はご迷惑をお掛けしましたっ!」
「いや、謝らせようと思った訳じゃないので……」
「精一杯書きますっ!」
「あ、ありがとうございます……し、信用してますから、御剣さんの事……」
「はい! 命まで助けてもらって、ホントありがたい限りですっ!」
感極まった御剣の圧に押されるも、玖命はすぐに平静を取り戻した。
「はははは、困った時はお互い様ですから……御剣さんも、困った事があればいつでも頼ってくださいね」
「っ!?」
それが何を意味する言葉なのか、御剣はすぐに理解した。
そして、嬉し泣きしていた涙を指で拭い、玖命に言ったのだ。
「ふふ……意外にズルいんですね、伊達さん」
「俺は思った事を言っただけですよ」
玖命は珍しくおどけて見せるも、御剣はそれを見て笑いはしなかった。
そして、改めて玖命を見据え、再び言ったのだ。
「困ってません」
そう、ハッキリと、明確に。
それ以上の事は玖命も何も言わず、聞かず。
ただ「そうですか」とだけ零し、元の話題へと戻った。
【WGC】に出席が決まっている天才、出席が濃厚な天才、それら天才が所属するクランの情報を御剣の知る限り、玖命に渡す。
それは、信頼の証であり、信用の表れであり、玖命のため、日本のためと言えた。
密度の濃い時間を2人は過ごし、御剣がKWN本社ビルを出る頃には、既に陽も暮れかけていた。
御剣が来た時と同様に、本社ビルを見上げる。
そして、会議室のある階付近を指差し、小さく言ったのだ。
「イイ男……! うん!」
そう呟くように言った後、御剣は晴れやかな表情でKWN堂へと戻ろうとした。
池袋駅に近付き、大通りの信号を待つ。
しかし、そこには御剣の意図しない事が起こったのだ。
御剣の前に停まる、数台の高級車。
内装と外装にこだわり、兎に角派手さが際立つ車。
それを見た瞬間、御剣の晴れやかな表情は消し飛んだ。
能面のような真顔になり、車の窓から顔を覗かせる男を見る。
「やぁ麻衣、こんなところで奇遇だね」
【
「……七海社長……」
呆れた様子すら見せず、ただ事務的に返答する御剣。
「ははは、大学の時みたいに七海君と呼んでくれたまえ。ここだと他の方に迷惑になるだろう? さぁ、乗りたまえ」
この言葉に、流石の御剣も、眉間をピクピクとさせる。
(大通りで勝手に停めたのはそっちでしょうが……)
しかし、相手は大企業の社長。
自分の会社、仕事、プライベートまで握っているといっても過言ではない相手。
御剣が反抗出来る相手ではなかった。
「………………」
肯定の返事さえも出せないまま、御剣は車に乗り込むのだった。
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