第328話 ◆七海総一郎という男

 七海建設の前社長【七海ななうみ甚一じんいち】によって幼少期より厳しく育てられ、【私立八王大学】を首席で卒業。

 類まれな努力家として有名で、美容、健康にも気を遣い、語学も堪能であり、容姿端麗。天才にも理解ある振る舞いをする事から、世間では【完璧超人】だともてはやされている。

【七海甚一】の引退と共に、七海建設社長を就任。

 以後、七海建設の経営にたずさわっている。

 そんな七海総一郎を前に、御剣は仏頂面を浮かべるばかり。


「七海社長、今日はどのようなご用件で?」

「勿論、君とディナーを楽しみたい」

「私のこのような格好では、七海社長が行かれるようなお店にそぐわないかと」


 自身の仕事着を指し、御剣が言うも、七海はニヤリと笑いこう言った。


「ノープロブレムだよ、麻衣まい。それは店が決める事じゃない。私が決める事さ」


 ニコリと笑いかける七海に、御剣はぎこちない笑みを作る。


(そこは店の迷惑考えてよ……!)

「それに、君が着飾れば、他の男共が群がって来てしまうだろう?」

(の割には、私を色んなテレビに出演させるのよね……)

「出来ればそれは私と二人だけの時にお願いしたいね」

(帰りたい……)

「ところで、麻衣?」


 七海が御剣を覗き込むように聞く。


「え、あ、はい」


 表情を取り繕う御剣。


「例の件、考えてくれたかな?」

「…………例の件とは?」

「勿論、婚約の事さ」

「それは確か、当日、その場でお断りしたかと」


 言うと、御剣の前に七海の手がバッと現れる。

 まるで、それ以上は口を開けないで欲しいという七海のポーズ。


「うんうん、わかっているよ。どうしても、七海という看板が邪魔するからね。でも、私の妻になる人は君しかいない。君の夫となる人も私しかいない。違うかい?」

「違いますね」


 御剣の明確な意思表示にも、七海はニコリと笑うだけ。


「それはまだ麻衣がその夢を見られていないだけだよ。ね? 私と麻衣、そんなに難しい事じゃない。今や御剣麻衣は世間かた引っ張りだこのタレント。そうだろ? この後、七海のイメージキャラクターとして麻衣をピックアップして、世間的にもわかる再会の一コマを用意しよう。大学卒業後、離れ離れだった2人が、撮影現場で再会。うん、いいじゃないか。内々で会っている事も漏れやしない。たとえ漏れたとしても、七海の力でどうとでもなる。君もそう思うだろう?」

「思いませんね」

「はははは、何てお茶目なんだ、麻衣は……本当に、君は美しく、可憐だ」

「ありがとうございます。私、この後仕事があるので――」

「――大丈夫だよ、KWN堂の社長には私から連絡を入れておくから。君は仕事に縛られず、堂々としていたらいい」

「いえ、仕事は私の生き甲斐なので」

「ふむ? 出来れば結婚後は七海の家に入って欲しかったんだが……麻衣がそう望むのなら、仕事くらい続けさせてあげよう」

「いえ、結婚はちょっと」


 御剣が断るも、やはり七海は動じない。


「流石だね、麻衣は自分の価値というものがわかっている」

「…………は?」

「そうやって自分の利益をしっかり確保し、私との交渉のテーブルにつく。なんとも、いぢらしいじゃないか。さて、麻衣はどんな無理難題を私にふっかける気だい?」


 何を言っても響かない七海を前に、額を抱える御剣。


「ん? ほら、言ってみなよ」


 流石に限界を迎えた御剣は、大きく溜め息を吐き、七海を見据えた。


「あのね、七海君――」

「――そう! そうだよ! やっぱりそう呼んでくれなくちゃ麻衣じゃない! あぁ、ようやく私を受け入れてくれたんだね」

「いいえ」

「麻衣、一体何が不満なんだい? どうせ天才共の尻を追いかけて、くだらない文章を書いているだけだろう?」


 その言葉がいけなかった。

 七海の言葉にピクリと反応した御剣は、一瞬で目の色を変えた。


「それでも私は寛容だからね。仕事は続けさせる。君の自由も保証しよう。これ以上何を望むっていうんだ――――いっ?!」


 御剣は七海のネクタイを引っ張り、物凄い形相で肉薄する。

 流石の七海も、御剣の気迫に驚く。

 しかし、それでも七海は七海だった。


「ず、随分熱烈なアプローチだね……?」

「私はねっ!」

「ひっ!?」

「仕事に命賭けてるのっ! 私の文章を『良い』って褒めてくれる人がいるのっ! それが私の生き甲斐なのっ! それをわかろうともしない人とはっ! 婚約もっ! 結婚もっ! ずぇええったい、無理っ!!」


 そう言い切ると、御剣は運転手に向かって言った。


「おろして! 今、すぐ!」


 そんな御剣の気迫に圧され、運転手は車を停める。


「お、おい! 停めろなんて言ってないぞっ!」


 七海が運転手に怒りを見せるも――、


「停めないでも言ってないでしょう……?」


 御剣の気迫には敵わない。

 車を降り、歩こうとする御剣を止める力強い手。


「ちょっと! 放して、七海君!」

「麻衣! まだディナーの約束があるじゃないか!」

「そもそも約束なんてしてないの! 私、帰るから!」

「くっ、いいからこっちに来いっ!」


 七海が強い力をもって御剣の腕を引っ張る。


「い、痛っ……! やめなさい、七海君! こら! 七海! やめてって言ってるでしょ! もう、こういうの困る、、んだから!」


 その言葉ワードが響くと同時、御剣の耳にとある男の声が響く。


「――何だ、やっぱり困ってるじゃないですか」

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