第323話 ◆伊達玖命の上申1

 KWN株式会社の社長【川奈かわな宗頼むねより】との電話を終えた玖命きゅうめいが、伊達家の階段を駆け下りる。

 リビングでは、妹の伊達だてみこと、父親の伊達だて一心いっしんがお茶を呑んでいた。

 2人は階段を駆け下りて来た玖命を見て、首を傾げる。


「どうした、玖命?」

「珍しく慌てて……どうしたの、お兄ちゃん?」


 2人の質問に、玖命は口籠った。

 何かを話そうとしているのだが、口から出てこない。

 そんな玖命の異常事態にみことと一心は顔を見合わせる。


「これは――」

「――玖命にとっての……アレだな」


 2人はすぐにそれを察知し、行動に移した。

 みことは玖命のためにお茶をれ始め、一心は玖命のために椅子を引いてそこに座らせた。

 リビングの端にいた四条棗が、ポカンと口を空けながら、その光景を覗くように見ていた。


(また伊達家が何かやってる……)


 それ以上でもそれ以下でもない伊達家特有の動き。

 家族の異常に敏感な伊達家に、四条は感心しながらも若干引く。


「それじゃあ玖命。私に話してみなさい。30分くらい前から、正確に」


 一心いっしんが玖命に聞く。


「えと……それは難しいというか……」

「なるほど、それじゃあ今、玖命はどんな問題に直面しているんだ?」


 一心いっしんの質問に、玖命は悩みながらも答える。


「…………女性関係?」


 首を傾げながらもそう言った玖命に、一心いっしんは目を丸くし、口を開け……しばらくした後ニヤリと笑う。

 反対に、みことはニコニコと玖命の話を聞いていたかと思えば、閉口へいこうし、真顔になった。

 それを見守っていた四条は、ピクリと反応し、目よりも耳を傾け、2m程伊達家に近寄った。


「はははは、玖命もついにそんな年齢になったか。ま、ちょっと遅いくらいだしな!」


 隣に座っている一心いっしんが嬉しそうにバシバシと玖命の背中を叩く。


「お兄ちゃん、私の審査はちょっと厳しいからね。まず、騙されてないわよね?」


 正面に座ったみことが、じっと玖命を見据えながら言う。


「あ、うん……それは大丈夫……かな?」


 歯切れの悪い玖命の言葉に、一心いっしんが言う。


「何だ、玖命にしては返事が曖昧だな?」

「お兄ちゃん、相手は誰? 私の知ってる人?」


 みことの質問には、意図があった。

 みことが知っているという事であれば、それは大きな判断材料となるからだ。

 しかし、みことの知らない人間であれば、玖命が紹介していない以上、判断基準が難しい。

 四条は髪の毛を整えながら大きく深呼吸している。

 だが、玖命から返ってきた答えは、更にみことを混乱させた。


「多分知ってる人。今、結構有名だから」


 前置きとして「多分」と付けたという事実。

 それがみこと、四条を大きく混乱させたのだ。

 そして、四条は大きく溜め息を吐き、項垂うなだれる。

 しかし、その耳は玖命の口との最短距離を選んでいる事にはかわりなかった。

 そんな中、父親である一心いっしんが一番冷静だった。


(「多分」という事は……四条さんはない。何たって、もうほとんど家族レベルだし。可哀想に。だとしたら川奈さんも無しか。頻繁に我が家に出入りするし、何たってクランの一員だ。同じ理由で月見里やまなしさんもない。付き合いこそ短いが、|クラン事務所オフィスにしょっちゅう出入りしているみことが知らないはずがないからな。ふむ、だとしたら……誰だ? 水谷さん? いや、益々ありえない。みことは水谷さんの大ファンだ。「多分」なんて言葉は必要ない。それに、私に【王塊おうかい】と【幻叡げんえい】をくださった伊達家の恩人というべき人だ。違う。やはり天才になった初期から玖命を一番に支えてくれていた相田さん? うーむ……やはり「多分」という言葉が確定ソレを邪魔する。なら……やっぱりみことが会った事のない人。それでいて玖命が知っている女性、となれば……もしかして、【大いなる鐘】のあかね真紀まきさんだろうか? あれか? やはり大人の魅力にやられてしまったのか? まぁ、あの衣装は反則みたいなもんだ。ほぼ裸みたいなものだし。全国の親御さんからクレームがくるって噂だし……え? あ、あの茜さんと玖命がくっつくとなれば、もしかして伊達家ウチにもそんなクレームが届くの? 何だそれ、怖い。何て答えればいいんだ? 「クールビズ」とか言って乗り切れるか? いやいや、無理。無理だ。みことには出来ても私は……くっ!)


 顔を歪める一心いっしんを前に、ようやくみことが冷静さを取り戻す。


「『多分』って事は、私が会った事ない人だよね? それって誰?」


 みことは、考えるよりも行動を選択した。

 それが最善、最速だと判断したからである。

 みことの質問に、一心いっしんが難しい顔をし、四条は真剣な表情で耳を澄ました。


「……御剣みつるぎ麻衣まいさん」


 重々しい玖命の言葉に、皆が目を丸くする。

 そして、やはり最初に動いたのは一心いっしんだった。

 パチンと自身の額を叩き、「そっちかぁ~~……」と呟く一心いっしんの前で、みことがあんぐりと口を開ける。


(え、ちょっと待って。何で? だって、接点があったとしても月刊Newbie10月号の取材の時と、今日の12月号の件。それに、間接的にだけど【天武会】の時……くらいよね? それ以外に会ってた? ううん、お兄ちゃんが、私にそれを黙ってるはずがない。やっぱり2回? 2回しか会ってないよね? 何、2回って? 伊達家で2回って言ったら買い物金額のダブルチェック……! もやし1袋、きゅうり1本の値段さえ2度見しなさいって教えて来たけど、2回よ!?)


 そう思いながら、みことは2回、かぶりを振るのだった。

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