第322話 線引き

「……それ、どういう意味だ?」


 俺が聞くも、翔は答えてくれなかった。

 頭をボリボリとき、呆れた様子で俺を見る翔。

 俺はその意図がわからなかったが、翔はそれをなかった事として話を進めるようだ。


「んま、こんな状況だからヘッドに連絡したって訳だ」

「そりゃ、御剣さんが困ってるなら助けてはあげたいけど、現状は御剣さんの意思でここに来てるみたいだし……」

「ま、実際に危害を加えられた訳じゃねー。相手がモンスターって訳でもねーしな。相手が七海社長って事なら、一般人からしたらモンスターも同然だがな、カカカカッ!」


 そうだった……相手は世界有数企業の社長。

 七海建設といえば、日本ではKWNに匹敵する大企業。

 となれば……御剣さん一人では相手が悪い。

 ならば、俺が出来る事は……限られてるんだよなぁ。

 そう思い、俺は深い溜め息を吐く。


「ま、今日はその事実だけでも知っときゃいーんじゃねーの?」

「あぁ、悪いな。気を遣わせて」


 御剣さんは、あくまで仕事関係の間柄である。

 彼女が助けを求めたのであれば話は別だが、今はまだ出しゃばるような段階にない。

 しかし、御剣さんに恩がない訳でもない。

 俺がサタンから助けた事もあるのだろうが、彼女には筆の力で【命謳】を押し上げてくれた一人。

 困っているのであれば助けてあげたい。

 …………やはり、ここは彼に頼るべきなのだろう。

 それに、七海社長の事も気になる。


「じゃーなヘッド、俺様はもちこっと七海社長を追ってみるぜ」

「あぁ、何かあったら教えてくれ」

「ロンモチよぉ、川奈社長にゃ許可もらってっしな! カカカカッ!」


 翔にそう言われ、俺は家路についた。

 七海建設社長――七海ななうみ総一郎そういちろう

 KWN堂記者――御剣みつるぎ麻衣まい

 そして、パラティア共和国元首――アルヴァーニャ・シックスか。

 一度に多くの情報が入った日だったが、冷静に状況を見極めれば単純な事だ。今はただ情報集めに徹した方がいいだろう。

 家に帰り、俺が電話を掛ける相手は勿論、彼。

 KWN堂の親会社であるKWN株式会社の社長【川奈かわな宗頼むねより】氏である。


『伊達君か、そろそろ電話が掛かってくる頃だと思っていたよ』


 川奈氏の第一声は、俺の目を丸くさせた。


『あれ、何で電話がくるって……?』

『鳴神君が教えてくれてね。「何でも教えてやれや」と笑っていたよ』


 なるほど、報告がてら翔が既に川奈氏に連絡していたか。


『用件は御剣君の事だろう?』

『えぇ、七海社長の件も気になりますが、今の彼女の境遇がわかれば伺いたく』

『……因みになんだが、何故、君がそれを?』


 意外な事に、川奈氏は俺に理由を聞いてきた。


『彼女は別に君に近しい人間という訳でもない。記者と天才。雑誌の取材で知り合った知人程度。伊達君程の人物がその境界線を越える理由は……何だね?』

『……そうですね、理由を探すため、でしょうか』


 これまた意外な事に、俺の口からはすっとそんな言葉が出て来た。


『それは一体どういう意味かね?』


 当然、川奈氏には伝わらない。

 それはそうだろう。何故なら、言った俺でさえもうまく理解していないのだから。


『今日、御剣さんの取材を受けたんですよ』

『聞き及んでいるよ』

『ちょっと気になる事がありまして』

『気になる事……?』

『連れのカメラマンの方が何か知ってるようでして。その……表情に出ていたんですよね』

『なるほど、それが御剣君の件だと、今日の一件で繋がったという訳だね』

『上手く伝えられず申し訳ありません』

『だが、それでも弱いと思うのだが? それに、「理由を探すため」という答えには適していない回答だと思うがね』

『たとえば……そうですね。四条さん……彼女が街中で変な人間に絡まれていたとしたら、俺は迷わず助けに入ると思います』

『四条君も大切な仲間だ。当然だろうね』

『それは川奈さんでも同じです』

『ははは、確かに娘が天才であっても、伊達君は動くだろうね』

『では、御剣さんなら……?』

『……そうか、伊達君の言いたい事がわかったような気がするよ』


 流石はKWN社長、理解が早くて助かる。


『確かに、相手が知人だとしても、その線引きは難しいだろう。なるほど、理由を探しているというのはそういう事か』

『えぇ、「御剣さんが変な人間に絡まれているのか」……確認させてください』

『見てしまったものを見なかったふりは出来ないという事だね。なるほど、翔君が尾行現場を伊達君に見せる訳だ』

『困っていらっしゃったようなので。まぁ、それが杞憂ならいいのですが』


 そこまで言うと、川奈氏はしばらく黙った後、俺に話してくれた。

 御剣さんの今の現状を。

【天武会】の司会の事、KWN堂での御剣さんの立場、記者、編集以外の仕事を振られてしまっている事、断れば職をなくす可能性があるという事。


『――当然、私がそんな事を許すはずがない。しかし、七海の力は大きい。お金や権力だけではどうしようもない事も起こり得る。それに、七海には今、【パラティア共和国アノ国】との関係も出てきはじめた。迂闊には手が出せないのが現状でもある』


 確かに、子会社の記者一人御剣さんだけのために、大企業の七海建設と事を構えるのは、難しいと言わざるを得ないだろう。


『……わかりました』

『だが、この状況ではまだ、「変な人間に、、、、、絡まれているのか」わからないだろう? どうするのだね?』


 そう聞かれ、俺はすぐに答えを出していた。


『そんな事は簡単です』

『ほぉ、それは気になるね』


 決まっている。


『本人に直接聞くまでです』


 ただ、それだけだ。

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