第315話 やって来た訪問者2

 ポカンとしていた番場さんだったが、その後すぐ、じっとみことを見つめ、ニヤリと笑った。


「流石は伊達だて玖命きゅうめいの妹だ。が、俺から情報を引き出したいなら、茶菓子じゃなく酒にするんだった――…………な?」


 カンとテーブルに置かれた、親父愛用の2つの御猪口おちょこ

 ドンとテーブルに置かれた、親父が少しずつ大切に呑んでいる酒。


「こいつぁまさか……【王塊おうかい】と【幻叡げんえい】……か?」


 それは大災害を超え、八神右京を倒した後、皆で集まった時に水谷がお土産として持って来た幻の日本酒。


みことさん、勘弁してください。それ、お父さんの宝物なんです」

「宝は使ってこそよ」


 流石みことである。

 親父もその一言にぐうの音も出ない。

 俺は、項垂うなだれる親父の肩をポンと叩く。


一心いっしん……がまん……する」


 油の切れかけたロボットのように、か細い言葉と強い決意。

 俺はそんな親父の背中から、いつも以上の哀愁を感じた。

 こんな手札を出されるとは予想だにしていなかったのか、番場さんは【王塊おうかい】と【幻叡げんえい】をちらちらと見た後、俺を見る。

 俺は深い溜め息を吐き、番場さんに言った。


「1杯ずつ。それ以上は親父の心がポッキリ折れちゃいますから……1杯ずつなら許可します」

「大黒柱……折れない……がまん……する……」


 親父はそんな小さな威厳を見せ、震える手で番場さんにおしゃくする。勿論、営業スマイルを忘れていない。ジャパニーズビジネスマンのかがみと言えるだろう。


「悪いな」

「い、いえ、む、むむ息子が……いつも……お世話になっております……ぐぅ!?」


 いつ俺は番場さんの世話になったのだろうか。

 しかし、凄いな親父。

 ――……一心には一心の戦いがある。

 俺は親父の背中にその決意を見た。

 クイと一気に【王塊おうかい】を空け、カツンと御猪口をテーブルに置く番場さん。


「…………うまい」

「へ、へへへ……喉が焼けるようでしょう? ですが、それはたった一瞬。その後、訪れる爽やかな喉ごし。踊るように流れ下りる酒は、喉、食道を焼き、癒し、確かな足跡を残します。癖になるでしょう?」


 まさか、親父がここまで健闘してくれるとは思わなかった。

 伊達家のもてなし。俺が一切参加出来てないのは本当に不甲斐ないが、ここは親父の戦場なのかもしれない。

 みことは、これまで見た事がない親父の高速み手に目を奪われている。


「……よし、【王塊おうかい】の礼に、さっきの闇サイトのURLを教えてやるよ」


 番場さんがそう言うと、みことが手を前に出し、その言葉を遮った。


「あ?」

「大丈夫です。URLソレはもう覚えたので、別の情報をお願いします」


 再びポカンとする番場さん。

 我が妹ながらなんてえげつない動きをするのだろうか。

 さっき親父が番場さんのスマホを見たあの一瞬で、長いURLを覚えたのか。天才とはみことの事を言うんじゃないだろうか。

 ようやく我に返ったのか、番場さんが肩を震わせる。


「くっくっくっく……今日はここに来て良かったぜ。とんでもねー上玉に出会えたからな」

みことに何かしたら潰しますよ」

「…………そーいう意味じゃねーよ。すげーヤツは見るだけで楽しいだろーが。つーか、その殺気やめろ」

「それはまぁ……否定しませんが」


 俺がそう言うと、番場さんは天井を見上げた後ですんと鼻息を吐いた後、俺に言った。


「んじゃ、その闇サイトの出所でどころだ」

「是非」

「【NBH、、、】」


 番場さんのその一言で、俺は息を呑んだ。


「【Naturalナチュラル Bornボーン Huntersハンターズ】……」


【生まれながらの狩人かりうど】と称したアメリカの巨大クラン。【NBH】がどうして?


「【NBH】が闇サイトに関与していると……?」

「あくまで出所でどころだ。【飯田】が俺に紹介した【NBH】の天才が、そのURLを送って来たんだよ。ま、その天才も、もう【NBH】にはいないがな」

「何故?」

「殺されたんだよ」

「っ!? …………誰に?」

「【ドン・ロジャース】」


 ドン・ロジャース……【NBH】の代表であり、アメリカのトップと言っても過言ではない実力を持った……正に最強の男。


「なぜ、ロジャースさんが?」

「向こうの知り合いによれば、【異物の排除】らしいぜ」


 番場さんの説明に、俺はぞくっとした悪寒を感じた。

 ロジャースが恐ろしいのではない。ロジャースが他の天才を葬った事が、表沙汰になっていない事が恐ろしいのだ。

 そんな俺の感情を読み取ったのか、親父が動く。


「さ、こちらも一献いっこん


幻叡げんえい】を傾け、もう1つの御猪口に酒を注ぐ親父。

 番場さんはまた一気にソレを空け、目を丸くする。


「………………凄ぇな、これ」

「そうでしょうそうでしょう」


 また揉み手が高速に……。


「舌に確かに残る重み。ですが、それに気付いた時には、酒は既に消えている。職人たちのたゆまぬ努力が生み出した叡智の結晶。正に幻。正に芸術……私はこちらの方が好きなんですよ」


 そんな親父のウンチクに一つ頷いた番場さんは、再び俺を見る。


「【幻叡げんえい】の礼は……そうだな、ココの護衛って事でどうだ?」

「え?」

「【WGC】、行くんだろ? その間、俺がこの家を守ってやる」


 そんな思わぬ申し出に、俺は目を丸くするのだった。

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