第311話 ◆双狐

 事務所オフィス内にあるトレーニングジム。

 そこでシャワーを浴びていた【元帥】越田こしだ高幸たかゆきは、汗を流してからトレーニングジムを出て、ラフな格好のまま、クラン代表執務室へと入る。

 机に置かれている封書を手に取り、差出人の名前を確認すると、越田はくすりと笑った。


「気が早い方だな、まったく」


 封書を丁寧に開けていると、執務室のドアにノック音が響く。


「どうぞ」


 まるで誰がノックしたのかわかっていたかのように、越田はそう言った。

 開かれるドア。そこにいたのは、【大聖女】あかね真紀まき

 茜にいつもの明るさはなく、ただ疲労を顔に宿し、のそりのそりと執務室のソファへと足を運ぶ。


「はぁ~……いいわぁ」


 溜め息と共に出た言葉に、越田が苦笑しながら言う。


「真紀、今の表情は絶対に表に出せないやつだからな」

「表じゃないからやってるのよ……ここのソファ、気持ちいいのよ」

「そのソファには、日本の御歴々おれきれきが腰を下ろして来たんだ。下手な素材は使えないからね」

「寝そべっていいかしら?」

「写真に収めてネットにあげていいのならな」


 ジャージ姿の茜を前に、越田はニヤリと笑う。


「……これならサービスになるんじゃなくて?」


 言いながら、胸元のファスナーを大胆に下ろす茜。

 越田は目を細めながら、茜に言う。


「ふっ、茜真紀の谷間に今更何の価値があるんだい?」

「部屋着アピールよへ、や、ぎ!」

「どう見てもクランの事務所オフィスだが?」

「ったく、ほら、好きなだけ写真撮りなさい」


 そう言って、茜はソファに倒れ込む。

 ポーズを撮り、挑発的な視線を越田に向けるも、越田の表情はピクリとも動かない。

 その視線は封書に向かうばかりである。


「それなぁに?」

「荒神所長からだよ」

「へぇ、荒神さん、高幸に何て?」

「来年の1月9日にある【WGC】への招集だよ」

「へぇ、今回も高幸が行くんだ?」

「前回はSSダブルだったが、今はSSSトリプル。もう奴らの好きには言わせないさ」


 越田が眼鏡をクイと上げ、嬉しそうに言う。


「3年前は酷かったものね。でも、あの坊や、、、、はどうなるの?」

「勿論、彼も連れて行く旨が書かれているよ。まぁ、正確にはその要請だがね」

「要請?」

「荒神所長と私で、彼を説得しに行くのさ」


 ニヤリと笑う越田を見て、茜が顔を引きつらせる。


「高幸、今の表情は絶対に表に出せないやつだからね」

「ククク、今やそんな体裁はどうでもいいよ。とらきつねと言われようとも、私は彼を、伊達殿を連れ【WGC】に行きたい。心からそう願うよ」

「うーわ、凄い悪い顔。悪徳官僚も真っ青って感じ」


 そう言った後、茜は思い出したように言った。


「でも、あの坊やまだAランクでしょ? 向こうに行ったらボコボコに言われちゃうんじゃない?」

「……ふむ、確かに、いくら伊達殿とはいえ、今からシングルになるには厳しいかもしれないな」

「AランクからSランクには最低でも半年間のAランク在籍期間が必要でしょう?」

「となると、伊達殿はAランクでの参加…………いや、しかし、これは面白いんじゃないか?」

「お、面白い……?」


 茜が聞くと、越田は更に口角を上げ、悪い笑みを浮かべた。


「……ちょっと、写真撮るわね」


 そう言って茜は、谷間の間にしまっていたスマホで越田の顔写真を撮り、スマホを越田に向ける。


「何て酷い顔だ。この世の悪だくみを集約したところで、こんな顔にはなるまいよ……まぁ、いい。後で送っておいてくれ」

「何に使うのよ?」

「待ち受け画面にする。この時の感情を思い出すのに良いツールになるだろう」

「論理的なのにバカって感じ。あ、それで、何が面白いのよ?」


 先の越田の言葉を思い出した茜が聞く。


「考えてみろ? Aランクの伊達殿が【天界】で発言する。こんな面白い事があるか? 奴らはきっと強い言葉を被せてくる。しかし、伊達殿にはそれら全てを跳ね返すだけの力がある。その瞬間、何が起きると思う?」

「ランク制度の崩壊かしらぁ~?」

「言い得て妙だね。確かにそれに近い事が起きるだろう。世界の名だたるSSSトリプルたちが、Aランクに発言を許す。それすなわち……SSSトリプルの敗北」

「自分がSSSトリプルだって事、忘れてないかしら?」

「私は既に伊達殿に負けているからね。問題ない」

「あっそ」


 茜が呆れるも、越田の瞳の色が変わる事はない。


「1月9日、世界にとてつもない珍事が起きる。Aランクに敗北するSSSトリプルたち。真紀、録画を頼む」

「わかったわよ。好きなだけ見物、、してきなさい」

「あぁ、特等席だよ」


 そう笑って越田はまた眼鏡を上げる。

 すると、茜が天井を見つめながら言う。


「そういえば、3人目は? 確か、去年は高幸と十郎と桜花だったわよね? 実績や戦力を考えても山井さんかしら?」

「いや、違う」

「じゃあ鳴神? まさか番場じゃないでしょう? ららちゃんって訳じゃないだろうし……」

「先日の事件で、派遣所がついに動いた。明日ニュースになるようだが、彼女から先に直接連絡があってね」


 越田の言葉に一瞬小首を傾げる茜だったが、すぐに理解が追いつく。


「彼女……? 待って、先日の事件って……?」

「青森で起きた準大災害クラスのモンスターパレード。北の【ポ狩ット】が動き、これを鎮圧。これにより、派遣所は【ポ狩ット】の代表にSSSトリプルを与える事になった」

「じゃ、じゃあ……3人目って……」

「【ポ狩ット】代表――米原よねはらいつき。彼女が日本で2人目のSSSトリプルであり、【WGC】に参加する3人目だ」


 越田がそう言うと、茜は難しい顔をしながら――、


「【女狐めぎつね】と【とらきつね】……狐に囲まれて、あの坊やも大変ね」

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