第307話 保険

 川奈さんが二度目のお化粧直しから戻り、むすっとした様子で俺を……何で睨んでるんだろう?

 しかし、そんな悪い空気も長くは続かなかった。

 何故なら……、


「っ! あ、あれっ?」


 何故か部屋にインターフォンの音が鳴り響いたからである。


「な、何でっ!?」


 焦りを浮かべる川奈さん。

 何故、そこまで焦っているのかはわからないが、まるで意図せぬ敵に囲まれたかような物言いだった。

 不本意ながら、渋々ながらという表情で、インターフォン親機のカメラを起動する川奈さん。


「くっ!? い、一体誰がっ!?」


 巨大な陰謀に巻き込まれたかのような物言いである。

 遠目に見てもわかる。

 カメラに映っているのは――、


月見里やまなし……さん?」

「な、何で月見里さんが私の家を……?」


 確かに、月見里さんは【命謳】のクランメンバーとはいえ、まだ加入したばかり。

 川奈さんの家を知っているというのはおかしな話である。


『おーい、らら。いるんだろ?』


 だが、聞こえてきたのはカメラに映る月見里さんの声ではなかった。


「あれ? 今、四条さんの声が……?」


 俺の言葉に、川奈さんがハッとした表情を見せ……次の瞬間、バッと俺を見た。

 さっきからどこか劇的に動くな、川奈さん。


「ま、まさか……伊達家の守護神が……動いた!?」


 川奈さんの言葉の意味は理解出来なかったが……守護神という言葉に関してだけは、ほんの少しわかった気がする。

 これはあれだ、おそらくみことの事だろう。

 もしかして、これがみことがさっきToKWトゥーカウで書いてた【保険】というやつだろうか?

 しかし、四条さんと月見里さんが……何故保険になるのだろうか?

 それが理解出来ないまま、川奈さんは焦燥を顔に浮かべる。

 だが、インターフォンから聞こえる次の言葉で、川奈さんが完全に動きを止めた。


『ほっほっほ! らーらちーん、わし、儂じゃよ』

『カカカカッ! 嬢ちゃん、邪魔しに来てやったぜ!』


 この声は、たっくんに……翔?

 まさかクラン【命謳】が全員集合とは。

 まぁ、たっくん、翔、月見里さんは一緒に行動してたし、逆に一緒じゃないという方が不可解だろう。

 みことから連絡を受けた四条さんが、【大いなる鐘】の仕事を早々に切り上げ、八王子に戻りながら3人に招集をかけた……って感じだろうか。


「こ、これは……くっ! 今日は……ここまで……といったところでしょうか……!」


 川奈さんの口調が、追い込まれた悪役みたいである。

 そう言ったかと思えば、川奈さんはすんと鼻息を吐き、インターフォンのマイク機能を使い始めた。


「あ、皆さん! 来てくださったんですね!」


 おかしい、先程と口調がまるっきり違う。


「今開けますねー!」


 そう言って、ニコニコとする川奈さん。

 そして大きく息を吸って……凄まじい溜め息を吐いた。


「はぁあ~~~~~~……」


 死期を悟ったかのような落ち込みぶりに、俺はどう反応していいのか困っていた。


「か、川奈……さん?」

「伊達さん」

「は、はい?」

「皆さんの分のお茶をれるんで……ちょっとだけ手伝ってください」

「よ、よろこんで……」


 ゲストと言えど、断る事は出来なかった。

 そう思える程には、川奈さんの顔は……死んでいた。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 皆が川奈さんの部屋に入って来る頃には、もう川奈さんの表情が回復していたから驚きである。

 それでも、何故こうなってしまったかは……俺には、多分わからないんだろうな。


「よー、らら」

「……どうも」


 四条さんの挨拶に、口を尖らせる川奈さん。


みことがな? きゅーめーの一大事っていうから急いで来てやったぞ」


 そう言って、四条さんがニカリと俺を見る。

 ……俺の一大事、か。

 みことが何を言ったかはわからないが、正直助かったといえば助かった。

 この分だと、恋愛映画は観ずに済みそうだからな。


「うっわ、めっちゃ豪華じゃん! 何ここ、家賃いくらよ!?」


 月見里さんは相変わらず現金である。


「89万円ですね」

「たっか!?」


 川奈さんの言葉にとどめを刺されたご様子。

 てか、何だ、89万円って?

 すると、翔が首を傾げる。


「この立地で、この専有面積だろ? 流石に安いんじゃねーか?」


 こういう時、翔が大人に見えるのは気のせいだろうか?


「本当は180万円だったんですけど、私が有名になったら、オーナーさんが『住み続けてくれるなら半額以下にします』って」

「ほー、つえー天才は住んでるだけで土地を守っかんな。抜け目のねーオーナーじゃねーか! カカカカッ!」


 なるほど、確かにそういう事もあるか。

 しかし、1月に180万円って…………考えたくもないな。


「ふむ……儂もそろそろこっちでの定住地を決めんとな。ららちんが立川なら……儂は高尾あたりにするかのう?」

「確かに、メンバーの定住地は分散させる方がモンスター警戒にはちょうど良いですよね」


 川奈さんが補足するように言うと、四条さんが「おー」と感心する。


「そういう事も考える必要があるのか」


 そう言いながら、四条さんは俺を見る。


「小さなクランだとそうでもないんですけど、いざって時に――たとえば、真夜中とかになると、どうしても家に帰ってたりするものでしょう? そういった時に、立川でモンスターパレードなんかの問題が起きた場合、川奈さんが先行して動けますよね。でも、高尾で起きた場合は、やはり時間がかかってしまう。モンスターに対しての初動を出来るだけ円滑にさせるというのも、クランの一つの役目なんですよ」


 俺が説明すると、四条さんがうんうんと素直に頷いてくれた。

 そこまで話すと、川奈さんが思い出したように俺に言う。


「あ、そういえば、伊達さんが皆に話しておきたい大事な事って……何ですか?」


 そう言われ、俺は持っていた湯呑をテーブルに置いた。

 今まで、皆が理解を示し、確信しつつも見逃してくれていた事。それを話す時がようやく来たようだ。

 そう、俺でさえも未だ完全にはわかっていない……俺の天恵【探究たんきゅう】、【考究こうきゅう】、【討究とうきゅう】の話を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る