第306話 ご招待3

「はいっ!? うぇ? えぇえええっ!?」


 川奈さんがいきなり変な声を出し始めた。


「え? か、川奈さん? だ、大丈夫ですか……?」


 俺が椅子から立ち上がり、そう聞くと――、


「あ、いえ、はい!? だ、大丈夫とか大丈夫じゃないとかじゃなくてですね!? 今、伊達さん……!?」


 川奈さんは真っ赤になりながら俺を指差した。

 今の……俺? はて? 今、俺は……【討究】が【天使長ルシフェル】の天恵【咎殃きゅうおう】の解析開始を始めようとして……許可を出した?

 あぁ、その時の言葉が川奈さんに届いてしまったのか。


「もしかして、聞こえちゃいましたか?」

「聞こえないように言うつもりだったんですかっ!?」

「普段は気を付けてるんですけど、今回は事が事なんで……興奮してしまって……ははは」

「興奮っ!? 興奮ですかっ!? 興奮させちゃいましたかっ!?!?」


 何で川奈さんはこんなに嬉しそうなんだろうか。

 しかも、興奮度合いが俺とかけ離れているような気がする。


「クランも落ち着きましたし、川奈さんには一番お世話になってますからね」

「お世話っ!?」


 遂に川奈さんの声が裏返った。凄い、頭から湯気でも出ているかのようだ。

 一体どうしたというのだろう。俺は首を傾げながらも話を続ける。


「ちょうどいい機会ですし、川奈さんには今日言おうかなって」

「な、何をですかっ!?」

「大事な事ですよ」


 そこまで言うと、川奈さんはお茶をテーブルに置き、トレイで顔を隠した後――、


「お……」

「……お?」

「お、おお……お化粧直してきますぅうううううう!!」


 どこかへ消えてしまった。

 家に帰ったら化粧なんてとりたいだろうに。

 ゲストがいるからと気を遣わせてしまったようだ。

 そう思いながら、俺はスマホを手に取った。

 …………ふむ、みことからメッセージが入っている。

 どうやら2限が終わったようだ。


 最強の妹――どう?

 最強の妹――おーい?

 最強の妹――大丈夫?

 最強の妹――ねぇ、ららちゃんから連絡きたんだけど?

 最強の妹――『伊達さんってこんなに積極的でしたっけ!?』って、お兄ちゃん!ららちゃんに何したの!?

 玖命――――いや、普通に話してただけなんだけど?

 最強の妹――何か誤解を与えるような事、言ってない?

 玖命――――全然心当たりがない。

 玖命――――でも、119800円のディナーセットが怖い

 最強の妹――そんなの誰でも怖いわよ。ちゃんとお金払った?

 玖命――――川奈さんがいらないって

 最強の妹――じゃあ今度、どこかでご馳走してあげて。この前練習したみたいに、お店でサッとカード出すんだからね

 玖命――――わかりました 

 最強の妹――とりあえず、こっちはこっちで保険かけとくから、たまの休日なんだし、ゆっくりしてね

 玖命――――ありがとうございます

 最強の妹――じゃ、3限始まるから、またね

 玖命――――お忙しい中、感謝します


 お店でサッとカード払い。

 みことにウェイター役、親父に相手女性役をやってもらって練習したけど、あんなに上手くいくだろうか。

 スマートにカードを出せない俺。

 俺がタイミングが読めず焦っていると、女性役の親父がニヤニヤしながらすきくようにカードを出す。

 カードを出すタイミングがわからない俺。

 ニヤニヤしながら「うふふ、ここはわたくしが出しますわ」とサッとカードを出す親父。

 女性役の親父が、先に支払いを済ませてしまう不可思議。

 こんな事が何度か続き、みことはイライラしながらニコニコと会計を済ませていた。

 合格をもらう頃には、朝日が顔を覗かせていたっけ。

 しかし気になる。みことの言ってた【保険】って何の事だろうか。

 思考を巡らせてみても、答えは出ない。

 そう考えていると、川奈さんの足音が聞こえた。

 手で顔をパタパタとあおぎながら川奈さんが戻って来ると、真剣な様子で俺の正面に座る。

 そして、


「コホン」


 と、わざとらしい咳払いをしてから、紅茶を一気に呑み干した。

 いや、まだそれ熱いだろうに。


「ふー……ふー……そ、それで! だ、大事な事って何でしょうかっ!?」


 なるほど。それが気になっていたのか。

 わざわざ招待してもらったというのに、勿体ぶった言い方がまずかったようだ。


「あ、気遣ってもらっちゃってすみません」

「いえ! そういうの、大事だと思ってますから!」


 何やら鼻息が荒くないだろうか。

 しかし、川奈さんがこう言うという事は、俺が言わんとしている事もなんとなく察しているようだ。

 やはり、川奈さんは凄い。優秀だし、気遣いも出来るし、少し目立ちたがりで、ズレてるところもあるけど、締めるところではキッチリ締めてくれるクランにとってかけがえのない仲間である。


「俺の天恵の事です」

「今後の展開の事ですね!?」


 目が血走ってる。大丈夫だろうか。


「言ってないですね」

「え?」

「は?」

「…………えっと、今、伊達さん何て言ったんですか?」

「俺の天恵の事でお話しておきたい事があると」

「それが今日ウチに泊まる事に何か関係があるんですか?」

「……何で俺が川奈さんの家に泊まる事になってるんですか?」

「さっき言ったじゃないですか! 『いえす』って!」


 いえす? もしかしてさっきの【討究】が発したメッセージウィンドウの事だろうか?


「あー、確かに言いましたね……『イエス』って」

「ほら! ほらぁ! 言ったじゃないですか!?」

「それは天恵のメッセージウィンドウの問いに答えたのが、川奈さんに聞こえちゃったから……ていうか、さっき『もしかして、聞こえちゃいましたか?』って聞いたじゃないですか?」

「ぐっ!? そ、そういえば言われたかもしれませんっ!? で、でもさっきは、私の……お、おおおお世話になってるって!」

「……はい? クランでは一番長い付き合いですし……いつもお世話になってますけど……?」

「「ん?」」


 俺と川奈さんは互いに首を傾げた。

 しかし、俺より疑問を消化したのが早かったのは……やはり川奈さんだった。


「あー、はいはい。そういう事ですねー……あーそう。そうなんですかー…………」


 言いながら席から立ち上がり、俺に背を向ける。

 顔は見えないが、耳が真っ赤になって……小刻みに震えてらっしゃる。何故だろう。

 そして、両手で顔を覆い――、


「お、おお……お化粧直してきますぅうううううう!!」


 本日2回目5分ぶりのお化粧直しへと、旅立つのだった。

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