第305話 ご招待2

 どどどどどどうしよう……?

 焼き魚定食は無理か?

 何ならいける? 納豆定食か?

 立川の安い定食屋なんて、俺は知らないぞ?

 知ってるのは「喫茶フォーチュン」とかいう、コーヒー1杯1300円とかの、めちゃくちゃオシャレなお店だけ。いや待て?

「喫茶フォーチュン」なら俺のクレジットカードが使えるんじゃないか?


「あ、もしかしてディナーの事、気にしてます?」

「え、そ、そうですね……はい。出来ればカードが使えるところがいいかな、と」

「大丈夫ですよ、KWKWウチで人気の、【おうちディナーセット】がありますから!」

「【おうちディナーセット】?」

「はい! 冷蔵庫で解凍するだけーとか、湯せんで温めるだけーっていうお手軽なやつです!」

「おぉ……最近はそういうのもあるんですね」

「はい、【特別な日ディナーセット119800円】で2人分なんです! お買い得でしたー!」


 全然お手軽じゃない。

 手が重くなるし、何なら頭痛と吐き気がする。

 だが、ここで俺は負ける訳にはいかない。

 俺はかぶりを振って、頭痛と吐き気を追い出した。


「……は、半分……お支払い……しま……します」


 みこと、親父……俺は頑張っているぞ。


「あははは、大丈夫ですよー。伊達さんは今日ゲストなんですから。お金なんか気にしないでください!」

「あ、ほ、本当にいいんですか……?」

「はい、ダイジョーブダイジョーブですっ!」

「そ、そうですか……それじゃあお言葉に甘えさせて頂きます……ははは」

「ま、まぁ? 2人の将来の事業計画とかでしたら? 話は受け付けてますけど……へへ」


 川奈さんが、ボソボソと事業計画がどうとか言っている。

 そういえば【命謳】の事業計画もしっかり考えないとな。

 警備の仕事を増やすにしても、多すぎては手が回らない。

 かと言って、断り続けるのも難しい。

 月見里さんという新たな戦力が加わったし、これからはもっと【命謳】の事を考えてしっかりクランとして、一人の人間として、成長していかなくちゃいけないだろう。

 一応……日本最強クランって事になってるし。


「あ、着きましたよ」


 そんな事を考えていると、いつの間にか立川にある川奈さんのアパート…………いや、3階以上あるしマンションというのだろうか?


「それじゃどうぞー」


 そう言いながら、川奈さんは車のドアを開け……サングラスをかけた。


「川奈さん……それは?」

「ふふ、念のための変装ですよ」


 川奈さんはサングラスを鼻に掛け、くりんとした瞳を俺に向ける。

 俺もサングラスを持ってくればよかっただろうか。

 いや、2人ともサングラスでは逆に目立ってしまうだろう。


「自動ドアが……2枚?」

「内ドアは、この電子キーをかざさないと開かないんですよ」

「おぉ……流石のセキュリティ……」

「あはは、今では結構普通ですよ」


 そういうものなのか。

 実家で暮らしていた俺にとっては全てが物珍しい。

 とはいえ、【命謳】の事務所オフィスも電子キー操作のドアを導入している。最初は慣れなかったが、徐々に慣れ……ていきたいところだ。

 しかしこのマンション、やけに高い。

 エレベーターに乗り込んで……もう17階? 高くないか?


「はい、到着でーす」

「え?」


 エレベーターは27階で止まっている。

 その扉が開いた瞬間、川奈さんの……部屋……だと?

 あれ? こういうのって、普通、廊下とかに出るんじゃないのか?

 いきなり部屋ってどういう事だ?


「あ、靴はここに脱いじゃってください」

「あ、え? はい、どうも……」

「これ、スリッパです」


【命謳】グッズの【玖命スリッパ】だ……伊達家ウチでもみことが使ってる。川奈さんも買ってたのか。

 ゲスト用は皆このスリッパなのかな?

 川奈さんの父親、川奈氏もこれを履いているのだろうか。

 それはそれで中々にシュールである。

 しかし広いな。リビングだけで40平米くらいあるんじゃないだろうか。

 それもそのはずで、この階全てが川奈さんの部屋なのだ。

 どう考えてもおかしいし、一人暮らしの賃貸ではない。

 がしかし、川奈さんの前では、その疑問は愚かと言わざるを得ない。


「あ、そこ座っててくださいね」


 テーブルを指差され、俺は大人しくその椅子に座る。

 今日はゲスト……何か勝手に行動するのは野暮というものだろう。

 とはいえ、この微妙な時間をどう過ごせばいいのか。


「ふんふーんふふーん……あ、伊達さんは煎茶せんちゃが好きなんでしたっけ?」

「あ、何でもいいんですけど……はい、そうですね。お茶なら煎茶が一番好きです」


 コーヒーを呑むという腹づもりが、煎茶になってしまった。

 がしかし、煎茶にカフェインが入っていないという訳でもない。

 ならば、恋愛映画には煎茶で挑むべきだろう。

 そんなどうでもいい事を考えていると、俺の正面に待望の知らせ、、、が届いた。


 ――天恵【道化師】により、過去の残滓ざんしを発見しました。

 ――天恵【咎殃きゅうおう】を解析しますか?


 やはり、ダメ元で八神に会いに行ったが、行って正解だったな。


「ふふふふ、イイですね~……おうちデート。あ、伊達さん、何だったら今日、泊まってっちゃいますか~? なーんて――」

「――イエスだ」

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