第304話 ご招待1

 ◇◆◇ 10月24日 9:45 ◆◇◆


【命謳】の事務所オフィスに来ていた俺は、何故か川奈さんに詰め寄られていた。


「え? か、川奈さん……い、今……何て?」

「伊達さん、『今日、私の家に来ませんか?』って言ったんです」


 いつも以上に圧力がある川奈さん。

 翔……は、月見里さんの付き添い。

 たっくん……は、何故か月見里さんの付き添い。

 四条さん……は、【大いなる鐘】に行ってる。

 水谷さん……は、週に一度の【大いなる鐘】へ戻る日。


「川奈さんの家に……俺が、行くんですか?」

「だって伊達さん、私が立川に引っ越してから、まだ来てないじゃないですかっ!」


 頬を膨らませる川奈さん。

 相変わらず小動物っぽい。

 確かに、川奈さんから何度か誘われていたが、こんな誰もいないタイミングで言われると思わなかった。


「え、でも、他の皆は……?」

「私の引っ越し計画は、伊達さんの言う『他の皆』と深い接点を持つ前だったかと!」


 た、確かにその通りである。


「きょ、今日は川奈さんが事務所オフィスの屋上で『したい』って言ってた、バーベキュー用品の小物を買いに行くとか言ってませんでしたっけ……?」

「それは最悪KWKWカウカウで適当に揃えちゃえばいい話ですよね? それとも何ですか? 私の家に来たくないって事ですかっ?」


 ずいと顔を近付ける川奈さん。


「いや、別にそういう訳じゃ……」

「じゃあ行きましょう!」


 そう言って手を叩き、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる川奈さん。

 そんなに嬉しいものなのだろうか。

 一人暮らしか……確かに友人を招待するのは楽しいかもしれない。まぁ、俺には一人暮らしは無理だろうなぁ。


「あ、鍵かけて来ますから伊達さんは先に外出ててください」


 川奈さんにそう言われ、背中を押され、俺は事務所オフィスから追い出されるように外へと出た。

 さて……初めてのお呼ばれである。

 しかも女性の家……ともなると、こんな服でいいのかなぁ?

 そう思い、俺は自分が着る命謳Tシャツを見る。

 とりあえず、こういう時は……親父?

 いや、親父に頼ると後が面倒だ。

 やはり困った時の……みこと様。

 しかも、ちょうど1限目が終わった頃合いだろう。


 玖命――――命さん

 最強の妹――早目にどうぞ


 俺の性格を熟知している。流石はみことである。


 玖命――――川奈さんの家に招待されたんですが、何か注意点などあるでしょうか?

 最強の妹――人に見つからない事

 玖命――――命謳Tシャツなんだよね

 最強の妹――窓から入るとか?


 何て斬新な訪問だろう?


 玖命――――川奈さんの家ではどうしたら?

 最強の妹――NOと言う状況でNOと言う事。曖昧な返答は避ける事。KWNカウンの社長を怒らせない事。伊達玖命でいる事。以上

 玖命――――伊達玖命でいる事……?

 最強の妹――困ったらまた連絡して。これから2限だから。じゃ


 どうしよう、あまり明確な答えは頂けなかった。

 がしかし、人に見つからない事は重要かもしれない。

 そう思い、俺はどうしようか悩んでいた。

 すると、川奈さんが出て来ると同時、事務所オフィスの前に車が止まった。黒塗りスモークのセダン。何て怪しい雰囲気なのだろうか……。


「あ、ちょうど迎えの車が来たみたいですね。それじゃあ伊達さん、乗っちゃってくださいっ!」

「え、あ、はい……?」


 ドアが開き、押し込まれるように車に乗り込む。


「あれ? 運転手さんは?」

「今日はお休みなので、自動運転です。細かい道は無理ですけど、家に帰るくらいであれば、これで十分ですから」


 おぉ……流石はKWNカウンの令嬢。

 全ての対応がスマートである。


「それで、川奈さん」

「はい! 何ですか!?」


 ……近い。


「えーっと、シートベルトはしましょうか」

「あ、伊達さんらしいですね! わかってますよ、ちゃんとしますから」


 鼻歌交じりに川奈さんはシートベルトを締める。

 車が動き始め、しばらく経ち、俺は川奈さんに聞いてみた。


「それで、川奈さん」

「何ですか~?」


 川奈さんは座席で足をぱたぱたさせ、嬉しそうに俺に聞く。


「今日、川奈さんの家で……何が?」

「お茶してー、お話してー……あ、ゲームとかもしちゃいますかっ? それで陽が沈んできたら~……一緒にディナーを楽しんで~。あ、映画とかどうですか? 部屋を暗くして、気になってる恋愛映画があるので、それを観て~……うんうん、完璧ですねー」


 まだ午前中だというのに、陽が沈んだ時の話が出て来たぞ?

 それにゲーム……? オセロなら得意だけど、最近のゲームはわからないぞ?

 映画は嫌いじゃないが、恋愛映画ともなると……眠くなってしまうかもしれない。川奈さんの家にコーヒーはあるだろうか?

 ディナー……何だ、ディナーって? 知らない単語だ。

 夕食と何が違うのだろうか。

 あ、食費。食費はどうすればいいんだ?

 やはり俺が出すべきなのだろうか? お茶菓子を買って行くべきなのだろうか?

 いや、でも既に車に乗ってるし、途中で降りようものなら、【命謳】を知ってる人たちに見られてしまう。

 事前にわかっていれば準備のしようがあったのだが、何分なにぶん突然過ぎた。

 やはり最低でも割り勘分は出さなくちゃいけないだろう。

 あれ? 今お金持ってたっけ?

 ディナーが焼き魚定食だとしたら700円~800円くらいだろうか。

 むぅ……痛い出費だ。今、いくら持ってるんだろう。


「どうしたんですか、伊達さん? 財布の中なんか見て?」

「なっ!? バカな……!?」

「ほえ?」


 635円しか……ない……だと!?

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