第303話 強力な移動砲台

「ちょっとちょっとちょっとぉ!? 嘘、何これ? 何で?」


 慌てる月見里やまなしさんに俺は聞く。


「どうしました?」


 俺は【威嚇S】を発動、更に殺気を放出する事によって、群がっていたゴブリン、ホブゴブリンたちを散らせた。


「いや、天恵が……成長しちゃった……?」


 おぉ、意外に早かったな。


「お、良かったですね。これで【脚力SS】ですかね?」

「いやそうだけど、え、何で?」


 困惑するのも無理はない。

 いつか【天眼】で視た月見里やまなしさんは、【脚力S】の解析度が80%だった。

 しかし、二日前に視た時、その進捗はなかった。

 何故なら、月見里やまなしさんは、討伐リソースが足りなかったのだ。

【腕力】系ならばともかく、【脚力】系の天恵を持った天才がモンスターを倒すのは至難しなんわざ

 だからこそ、月見里さんには、【KW-00AラプトルA】、【KW-00TレックスT】、【KW-00KコアトルK】が必要だった。


「【命謳ウチ】の活動が安定したら、月見里さんには5つのアーティファクトを装備して頂きます」

「えっ? マジ? てか、5つって……アーティファクトの最大装備可能数じゃない? 何? 私何着けるの……?」


 俺は1本ずつ指を立てながら月見里さんに説明する。


「まずは【腕力C】……これは確定です。重い銃器を持つ以上、【腕力】系の天恵は必須です。これがあるとないとでは安定性が段違いかと」

「……まぁ、そう……ね」

「次に【体力C】。【脚力】系持ちの天才には、これが必須と言っても過言じゃないでしょう。いくらでも走り回る事の出来る斥候兼、遊撃というのは、クランにとっても有難い存在ですね」

「ふんふん……確かにその通りね。疲れにくくなるなら、私自身もかなり楽になるし」

「3つ目は【頑強C】、もしもの時のために絶対必要です」

「…………う……あまり想像したくないかも」

「4つ目は【集中】、射撃の精度が確実に上がるかと」

「うん」

「最後は……【鑑定】です」


 最後の指を立てると同時、月見里さんは小首をかしげた。


「え? 【鑑定】? 何でそんなものが必要なの?」


 月見里さんの質問に、俺は補足を入れる。


「メインのお仕事は斥候なので、観測と同時に相手の特性、天恵も調べて欲しいんですよ。もし、見知らぬ相手、モンスターがいた場合、【鑑定】を使えば対象がどのように動くのか予想がつきやすい……というのが大きな理由です」

「へぇ~……何よ、伊達。結構考えてるじゃん」


 くすりと笑って言った月見里さんに、俺は苦笑して返す。


「頑張らないといけないですからね。一応、日本一のクランになっちゃった訳ですし……ははは」


 そう言うと、月見里さんは肩をすくめ「確かにね」と同意してくれた。


「けど、斥候をここまで叩き上げるクランも珍しいんじゃない?」

「それはそうでしょうね。でも、俺は、全ての天才がしっかり稼げるように、食べられるように、ちゃんと義務を果たせるようになれるって信じてますから」


 そこまで言うと、月見里さんは目を逸らし、零すように言った。


「…………純命じゅんめい

「んな!? いや、そこでそれはおかしいでしょうっ!?」

「いやいや、今、ここで言うのがベストでしょうが! あはははっ!」

「まったく……まだ解体が残ってるんですからね。それに、まだ上を目指して頂かないと困りますから」


「まだ上を」という言葉に反応したのか、月見里さんは引き気味に俺に聞く。


「まだ上って……アンタまさか【脚力SSS】まで成長させろって言うんじゃないでしょうね!?」

「そう言ったつもりですが?」


 そう言うと、月見里さんが怯む。

 別に難しい事ではないのだが、そこまで警戒されるものなのか。


「……まだ、【脚力SS】にすら慣れてない……というか、【脚力SS】になってから走ってすらいないんだからね!?」

「大丈夫です、明日からしっかり走って頂きますから」


 その言葉に、月見里さんが慌てて俺に言う。


「ちょっとちょっと! 水谷結莉が走り込んでるってアレ、まさか私にもさせる気?」

「いやいや、水谷さんは、月見里さん程には走らないですよ」


 俺が言うと、月見里さんはポカンと口を開け、零した。


「………………は?」


 そんな月見里さんを横目に、俺はくすりと笑ってからホブゴブリンの解体を始めた。

 ホブゴブリン1匹から採れる魔石は1個5000円~9000円。月見里さんの貴重な収入源である。

 慣れてきたら月見里さん1人でも銃器の使用を許可すべきだろうか。

 いや、でも、彼女は任務中に飲酒する悪癖があるんだっけか。

 ここら辺は、川奈さん、四条さん、みこと……後は水谷あたりに相談してみるか。

【脚力SS】の月見里やまなしあずささんが【命謳】に加入した事により、【命謳】は確実に成長した。

 そして、KWN株式会社、天才派遣所の厚意で譲ってもらったこの銃器があれば、月見里さんを戦力――【強力な移動砲台】としても数えられる。

 とはいえ、一番重要なのは、彼女自身が自分を守る力を得る事なのだ。

 これから【命謳】は、どんな出来事に遭遇するかわからない。

 突発的な【モンスターパレード】、【大災害】、【人工ポータル】、【はぐれとの衝突】……考えればキリがない。

 月見里さんの装備、アーティファクトもそうだが、【命謳】メンバーのアーティファクトも充実させなくちゃいけない。

 しかし、それは結果的にSSダブル以上のダンジョン出現を願うという事にも繋がる。

 何とも皮肉な話だが、そうする事でしか、クランメンバーの装備をアップグレードさせる事は出来ないのだ。

 あまり深く考えず、SSダブル以上の魔石を手に入れた時に、結果としてそうなるというだけの話だ。

 …………でも困ったぞ?

 SSダブル以上の魔石を手に入れた時、親父の会社――株式会社テクノライクエンジニアリングに納入するという契約になっている。

 こればかりは、穂積ほづま社長と相談するしかないかもしれない。

 そんな事を考えながら、俺はホブゴブリンの解体を続けるのだった。

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