第302話 ◆嘘でしょ?

「伊達……これ、マジ?」


 月見里やまなしあずさは、事務所オフィスにある【玖命の部屋】に入ると、応接用のテーブルにあった銃器を見て目を丸くした。

 月見里やまなしの問いに玖命が言う。


「大マジです。因みにこれらの銃器についてご存知でしたか?」

「う、噂には聞いてたけど、クランに出回ってるなんて初めて聞いたわよ……!」


 玖命にソファへ誘導され、腰掛ける月見里やまなし


「命謳が初めてみたいですよ」


 その言葉に、月見里やまなしがハッとした表情で玖命を見る。


「アンタ、部長に何言ったのよ?」

「いや、『月見里やまなしさんには絶対に必要になるから』って言ったら……すんなりと」


 ニコリと笑う玖命に、月見里やまなしが呆れた様子で言った。


「調査課スカウト班に登録されていた月見里やまなしさんのデータ……指紋や静脈情報を流用して頂きました。既に月見里やまなしさん仕様にはなってるはずです。使い方は?」


 玖命がそう聞くと、月見里やまなしは肩をすくめて言う。


「これでもスカウト班だったのよ? わかるわよ、フツーに」

「スカウト班も銃器の扱いを?」


 玖命が首を傾げる。


「基本は偵察任務が多いけど、場合によっては警察の銃器を使いながら、モンスターに対して遅滞行動をする事もあるからね。え、これ私にくれるの?」


 目を輝かせながら言う月見里に、玖命がジトっとした目を向け、言う。


「貸与です。緊急時を除き、使用は許可制ですので、ご注意ください」

「えっ? 嘘でしょ?」

「それで給料の件なんですけど」

「ちょっと、聞いてるのっ?」

「完全歩合制です」


 そう言い切った玖命に、一瞬、時が止まる。

 あんぐりと口を開けた月見里だったが、ようやく零した言葉は――、


「…………は?」


 これだけ。

 すると、玖命が説明を続ける。


「四条さんのアドバイスの下、それが一番のベストかと」

「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉ!? 私、それ聞いてないんだけどっ!?」

「だから今説明してるじゃないですか?」


 キョトンとする玖命に、月見里が肉薄する。


「今じゃ遅いのよ! どうするのよ!? 私もう調査課辞めちゃったのよ!?」

「大丈夫ですよ、稼げばいいんですから」

「でも銃器は許可制なんでしょ!?」

「はい、因みに使用した弾薬は月見里さん持ちです」

「後出しが多すぎるんですけどぉ!?」

「四条さん曰く――」

「――あの子が何よ!?」


 月見里が聞くと、玖命はボイスレコーダーをポケットから取り出し、再生する。


『あいつは優秀だけどアホだからな。動かなくちゃお金が貰えないって理解させた方がいいだろ。働けば働くだけお金が入る。それならあいつのやる気にも繋がるだろ』


 録音データの再生を止め、レコーダーをしまう玖命。


「という訳です」


 四条のアドバイス、玖命の意思に、月見里は口をパクパクとさせている。

 そして、ほんの少し考えた後、渋々ながらも先を促すように玖命に聞く。


「……明々後日には結構な請求がくるんですけど?」

「大丈夫です。とりあえず、明後日までには返済出来るようにはしますから」

「嘘っ!? そんなに稼げるの!?」


 月見里が立ち上がり、興奮した様子で玖命に聞く。

 すると、玖命はニコリと笑ってから言った。


「稼げるんじゃなく、稼ぐんですよ」


 感情のよく見えない玖命の言葉を受け、月見里は背筋せすじに冷たいナニカを感じる。

 ゾクリと肩を震わせる月見里。


「風邪ですか?」

「あ、いや……うん、風邪かも。半休とか使える?」


 自身の危機を察知したのか、察知してしまったのか、月見里はそう言った。


「構いませんよ」


 玖命の思わぬ言葉に、月見里はホッと胸をなでおろす。

 がしかし――、


「でも、まだ出勤して10分くらいなので、あと3時間50分は頑張ってくださいね」


 全ての出口は、玖命によって塞がれた瞬間だった。

 そして、とどめを刺すかのように玖命が言うのだ。


「それじゃあまず、ホブゴブリン100匹あたりからいってみましょうか」

「嘘でしょ?」


 ◇◆◇ 管理区域A ◆◇◆


「ちょ、嘘でしょ!?」


 無数のゴブリン、ホブゴブリンを引き連れて来る玖命に、驚愕する月見里。


「ホブゴブリンのみ狙ってください! ゴブリンの討伐許可は貰ってませんので! 集中! 集中ですよ!」

「ギィイイイッ!!」


 ホブゴブリンが銃弾の前に倒れる。


「ナイスショット! 次、誘導しますよ!」

「このこのこのっ!! ぁ」


 間の抜けた声が漏れる中、1匹のゴブリンが倒れる。


「ギィァ!?」

「今のはゴブリンですね。後程、派遣所に謝罪文を送付しますから、文章考えておいてください」

「はぁ!? たったこれだけで!?」

「はい、だからやらないように気を付けてくださいね。それに、あまり外し過ぎると、弾薬の代金の方が高くなっちゃいますからね」

「無駄弾なんて撃ってないわよ!」

「大丈夫です、【KW-00AラプトルA】……いや、【KW-00TレックスT】で眉間に1発。これでプラスになる計算です」

「くっ……じょ、上等じゃないっ!」


 管理区域Aに無数の銃声が響き渡る。

 玖命が引きつけ、月見里が撃つ。

 当然、玖命の労力を考えれば、月見里に付き添うだけであれば【命謳】にとってデメリットが大きい。

 しかし、玖命が付き添う場合、必ずソレに意味がある。

 半休の事など頭から離れ、夕暮れ時、管理区域Bに入り、ホブゴブリンの屍の山が出来上がる頃、月見里は……玖命に驚きの目を向ける。


「………………嘘でしょ?」


 月見里の眼前に浮かび上がるメッセージウィンドウ。

 書かれた文字に月見里が目を走らせる。


 ――おめでとうございます。天恵が成長しました。

 ――天恵【脚力SS】を取得しました。

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