第293話 現れた彼女

「えぇ!? それで水谷様、兵庫まで行っちゃったんですか!?」

「もうちょっと早く来られれば会えたって事ですよね!? うぅ……残念です……」


 たっくんのファンレターを捌くのに、応援として駆けつけてくれた桐谷きりたに明日香あすかさんと山下やましたれいさん。当然、みこと事務所オフィスまでやって来ている。

 水谷は初めてという事で、とりあえず兵庫にまで向かってもらった。往復を考えればそれくらいがちょうど良いという判断だ。

 焼きそばパンは途中で食べて良い事にしたのは、翔なりの優しさだろう。

 しかし気になる。

 何やら怒っているようにも見えるのは、やはり水谷を早々に訓練に向かわせてしまったからだろうか。


「……あのね、何でお兄ちゃんが封筒の開封作業してるの?」

「え、出来るだけ手伝おうかなーと……」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんにしか出来ない事があるでしょうが!」

「は、はい!」


 そう言われ、俺は立ち上がってしまった。


「こんなのは、お茶しながらのんびりやってればいつかは終わるんだから、お兄ちゃんは困ってる人たちを助けるの、いい!?」

「はい、喜んで!」


 俺はそそくさと準備を始め、ポカンとする桐谷さんと山下さんを置いてその場を去った。

 向かう先は……正面にある天才派遣所八王子支部。


「こんにちはー」


 眼前には、先程事務所オフィスに来て早々帰ってしまった相田あいだよしみさん。


「……こんにちは、伊達くん」

「先程は……どうも。お昼休みの帰りでしたか……?」

「外に食べに出たら、越田さんと四条さんが見えたのよ」

「そうでしたか」

「まさか結莉が【命謳】の補強メンバーとは思わなかったけど……」

「強くなる事に真剣ですからね、水谷さん」

「むぅ、それを言われると私からは何も言えないかな……あ、ごめんね伊達くん。依頼の確認でいいかな?」

「はい、なるべく緊急性の高いものからピックアップしてくださると助かります」

「かしこまりました。伊達くんがこうして八王子で頑張ってくれてるおかげで、八王子支部も評価してもらえてるんだよ」

「そうなんですか? 何だか恐縮してしまいますね……ははは」

「うんうん、伊達くんはそうじゃないとね」


 ど、どういう意味だろうか……。


「優先順位をつけるとこんな感じなんだけど……どうかな?」


 相田さんが端末をこちらに向け、依頼状況を見せてくれる。

 何度も繰り返した作業。そんな中でも、相田さんの心配そうな目が変わる事はない。


「いつもありがとうございます」


 そう、思ったと同時、言葉が口から零れていた。


「え?」

「いえ、とりあえず上から順に受けてしまいますね」

「大丈夫?」

「はい、何件まで受けられますか?」

「伊達くんのランクなら3件まで」

「ではそれで。帰って来て残ってたら、残りもやっちゃいます」

「かしこまりました。まずは上の3件、よろしくお願いします」


 相田さんが静かに頭を下げると、すぐにパソコンを操作し、俺に詳細メールを送ってくれた。


「それじゃあ行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 微笑んだ相田さんに見送られ、俺は討伐へと向かうのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「えーっとホブが7匹、ゴブリンが12匹……インプが3匹……これでOK……かな?」


 やはりイレギュラーなど、本当にイレギュラーなのだなと実感する程、ポータルから逃げ出したモンスター、モンスターパレードで仕留めきれなかったモンスターばかり。

 そう簡単に大物なんているはずもない。

 とはいえ、イレギュラーがないと言い切れないのも難しいところだ。

 そろそろ荒神さんから【命謳めいおう】に連絡があると思うが、どうだろうか。

 当然、それはダンジョン侵入可能者の選別。

【天武会】が終わった後、荒神さんは最初、噂というカタチで職員から天才たちにその情報を流した。これは、越田さんからのアドバイスがあったのだとか。

 これにより、天才たちは心の準備が出来る。

 そして先日、11月から順次選別を開始する旨が公表された。

 当然、その理由は、天才たちの保護とこれからの成長を願っての事だ。

 これまでCランク以上の天才が入る事の出来たポータル。ダンジョン内で命を落とした天才たちが多くいる事から、意外な事に、この告知はすんなりと受け入れられているように見受けられる。

 やはり、越田さんの助言が良かったのかもしれない。

 今日は討伐依頼に集中し、明日はいよいよ……天才特別収容所――通称【天獄てんごく】に行く予定だ。


上忍じょうにん羽佐間はざまじん

道化師どうけし八神やがみ右京うきょう

将軍しょうぐん阿木あぎ龍己たつき

 そして、【将校】せんはん。いや、今は【飯田いいだはじめ】か。

 彼らに会うのは非常に億劫だが、知っておく事で警戒出来る事、守れる事もあるだろう。

 ならば、行かない手はない。

 そう思い、俺は討伐依頼から戻るのだった。


「お疲れ様でーす。依頼完了しまし――――……ん?」


 何やら受付が騒がしい。一体何があったのだろう?

 俺はそれを確認するため、人垣をかきわけながら受付へと向かう。

 そこには何故か……俺の知ってる人が相田さんに肉薄していた。


「そこを何とか! 掃除でも何でもしますから!」


 既視感のある光景だ。

 相田さんも困った様子である。


「えーっとですから月見里やまなしさん……調査課に所属の方には、お仕事を紹介出来ない決まりがあるの……ご存知ですよね?」

「こ、このままじゃ借金返済出来ないのよ……むしろ、利子で首が回らなくなっちゃうの……! お願いします!」


 とても……既視感のある光景だ。

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