第291話 ◆水谷の願いと越田の判断
◇◆◇
【
プレートに【クラン代表執務室】と書かれた部屋。
越田は、そこで【天武会】の余韻に浸るように、一人で酒を注いでいた。
「ククク……ここまでの完敗だというのに……中々どうして、負けるというのも悪くないものだな……」
昨日の団体戦、本日の個人戦を振り返るように呟く越田。
ネット上に上がっていた【天武会】の動画を眺めながら酒を空ける。
22時を回ろうとする頃、室内にノック音が響く。
「誰だ?」
越田の言葉に反応したのは――、
『私』
その一言で、越田は気付く。
クラン代表執務室の外にいるのが、【大いなる鐘】第1班のアタッカー、【剣皇】水谷結莉である事を。
「結莉? どうした? あぁ、まぁ入ってくれ」
言うと、水谷が入室する。
その表情は、満足気に酒を呑んでいた越田とは違っていた。
仏頂面の水谷を前に、越田は真顔になる。
すると、水谷は越田を指差し言った。
「あ、今『面倒臭そう』って思ったでしょ!?」
「この時間にこの部屋に来る結莉が面倒臭くなかったら、
「
机を挟みながらも身を乗り出し聞いて来る水谷。
しかし、越田は溜め息を吐きながら眼鏡を外し、レンズを拭く。
「
「まぁ……そうかも」
「それに、結莉は嬉しそうだが、1人で
「そ、それは……まぁ……無理だけど……」
「であれば、そんな軽はずみな発言は気を付けるようにな。この日本で、それを口にしていい人間は、1人だけだ」
「……それってやっぱり……玖命クン?」
「他に誰がいると? まぁ、彼は口が裂けてもそんな事は言わないだろうけどね」
そう言って越田は肩を
「確かに、玖命クンなら『平和が一番ですよ』とか屈託のない笑顔で言いそう」
「ククク、よくわかってるじゃないか。それで、どんな面倒事を持ってきたんだい?」
「…………今日の個人戦、どう思った?」
「やれやれ……こちらの質問に対して、【天武会】の感想を求めるとは、困ったメンバーを持ったものだよ、私は」
「いいから、高幸の感想が聞きたいの」
「ふっ、まぁ結莉の事だから、着目しているのは伊達殿だろう」
そう言ってから、越田は酒と2つのグラスを持って立ち上がり、部屋にあるソファに首をクイとやって水谷を誘導し、自身もその対面に座った。
そして、水谷にグラスを渡し、それに酒を注ぐ。
足を組んだ越田は、今日の個人戦を脳内で振り返りながら静かに零す。
「第1回戦、伊達殿と山井殿……確かに山井殿は強かった。前日の一騎討ちで番場殿を倒しているのだ。弱い訳がない。がしかし、伊達殿はその力を全て受け切った。山井殿の技、経験をそっくりそのまま吸収したかのように、後半は伊達殿の攻撃のキレが増した。山井殿が武器を手放すなど考えられるか? だが、伊達殿は山井殿の双剣を弾き、吹き飛ばした。首元に王手をかけた時、山井殿は大汗をかき、肩で息をしていた。しかし伊達殿は……?」
そう聞くも、水谷は難しい顔をしながら酒を一口呑む。
「結莉の言葉を借りるなら、そう、屈託のない笑顔で彼は山井殿に終わりを宣言した。第5段階の山井殿を前に、だ。正直、伊達殿のステージはもうそこにないというのがわかってしまったよ」
「第2回戦、鳴神くんと玖命クン」
「圧倒的だったね。鳴神殿の領域……無手での決闘だというのに、鳴神殿は伊達殿にされるがままだった」
「でも、鳴神くんも玖命クンに攻撃を当ててたよね?」
「
そう言われ、水谷はハッと当時の事を思い出す。
(高幸の言う通り、確かに玖命クンならかわせない攻撃じゃなかったかもしれない。
「伊達殿は殴り合いの喧嘩を鳴神殿と楽しんでいたように思える。それが私の感想だよ」
「攻撃を受けるのが楽しいの?」
「正面から拳だけでぶつかるのが楽しかったんじゃないかな」
越田が肩を
「男の子ってたまによくわからないよね」
「で、3回戦……我が【大いなる鐘】が誇る【剣皇】水谷結莉と……?」
「玖命クン……」
「完敗だったな」
「少しは手加減してくれてもいいのにね」
そう言って、今度は水谷が苦笑する。
「その後も伊達殿は順当に勝ち上がり、決勝。準決勝で私に勝った【戦神】番場殿との対戦。結莉はあの一戦……何を感じ、どう思った?」
すると、水谷はぶすっとした表情で頬を膨らませる。
「わからないよ。だって一瞬だったし」
「クククク……確かに、あの決着は結莉との勝負より早かった。まるで、伊達殿が番場殿に自分との距離を明確に見せつけるかのようにね。一瞬、一刀の下に番場殿を降し、観客が
「玖命クンも、【インサニア】に何か感じていた……?」
「いや、おそらく警告だろう」
「警告?」
「自分の力を見せつけ、【インサニア】を【命謳】に近付けさせない……伊達殿の身内に近付けさせないための、ね」
「なるほど……」
越田の意見、感想を聞き、水谷が納得に至る。
越田は足を組みかえ、持っていたグラスをテーブルの上に置く。
そして、水谷に聞くのだ。
「それで、結莉……どんな面倒事を持ってきたんだい?」
先の質問を今一度聞く越田に、水谷が意を決した様子で言った。
「お願いがあるの」
「どんな無理難題を吹っ掛けるつもりだい?」
「同盟クランへの出張メンバー補強」
そう言われ、越田は目を丸くした。
やがて肩を小刻みに震わせ、遂には大きく噴き出す。
「ク、クク……クハハハハハッ! そうか! それは考えた事もなかったっ! な、なるほどな。その手があったか……!」
「そ、そんなに笑う事!?」
「ハハハハ……いや、私はね、結莉にクラン脱退を宣言されるのかと思ってたんだが……」
「あー…………その手もあったか」
「いや、それはもう考えるな。正直面倒だ。伊達殿にも迷惑がかかる」
「そ、そう?」
「結莉が脱退せず【命謳】に行けるのであれば、【命謳】に引き抜きなどというあらぬ疑いをかけさせる事もない。確かに、妙手ではある」
「ど、どうかなっ!?」
水谷が立ち上がり、越田に肉薄する。
「さぁ、それはどうかな?」
質問に疑問で返す越田に、水谷は小首を傾げる。
「何で高幸がわからないのよ……?」
「何せ相手は日本一、最強クランの最強の個人。クランメンバーより弱い結莉を、果たして【補強】メンバーとして受け入れてくれるかどうか……クククク」
そう言いながら、越田はニヤリと水谷を見るのだった。
それを聞き、何も言い返せず、真っ赤にして頬を膨らませる水谷だった。
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