第287話 ◆天恵展覧武闘会16

 息もつかせぬ試合展開。

 司会も、荒神も、観客も、ネットも、固唾を呑んでその成り行きを見守る事しか出来なかった。

 玖命きゅうめいと【元帥げんすい越田こしだ高幸たかゆきが再び接敵した時、【拳神けんじん鳴神なるがみしょうが【剣皇けんおう水谷みずたに結莉ゆりへ対峙を、玖命から引き継いだ時、戦局は大きく傾いていた。


「カァアアアアッ!!」

「ぬぅ……!? ……お、お見事です……山井殿……!」


大聖女だいせいじょあかね真紀まきが何とか回復させた【天騎士てんきし山王やまおう十郎じゅうろうだったが、【阿修羅あしゅら山井やまい拓人たくとの猛攻は防げる段階になかった。

 山王が倒れた時、茜は最後の力を使い、越田に向かって体力回復魔法を放っていた。

 これにより越田は体力を回復させたものの、


女子おなごをいたぶる趣味はないが……どうする?」


 そう、茜には余力があった。しかし、山王の近くにいた茜はそれ以上の行動は出来なかった。首元に近付けられた山井の剣。

 茜はこれを受け、肩をすくめて言う。


「……痛いのは嫌いなのよね」


 これ以上の動きは不可能。

 茜はそう判断し、杖を捨て、両手をあげて山井の降伏勧告を受け入れる。

 立華、山王、茜がリタイアした団体戦。

 次に決着がついたのは――、


「やぁああああっ!」

「くっ、な、なんという猛攻っ!?」


神聖騎士しんせいきし川奈かわなららと、【頭目とうもく】ロベルト・郷田ごうだの一戦。


「し、しかし捌けぬ数ではないっ! ふんっ!」


 手数を増やすロベルトだったが、


「集合!」


 川奈の行動によって動きを止める。


「んなっ!? ここで今一度!?」


 そう、川奈はロベルトに既にかかっているヘイト集めを、再び発動したのだ。これによって起こる、少なくないロベルトの硬直。

 川奈は、ずっと粘り、待っていた。

 ロベルトがヘイト集めにかかっているという情報を、頭の片隅に追いやるのを。

 ロベルトが手数を増やした時、川奈は確信した。


 ――この段階から、ロベルトは川奈の前から去らぬという確信を。


 他の援護に向かうのであれば、手数は増やさず、捌き、いなし、かわし、逃げる方向へ動く。しかし、手数を増やしたのであれば、それは、川奈と対峙するという選択を選んだという事。

 ロベルトのこの選択には、ヘイト集めをそこまで気にする必要がないという利点がある。だからこそ、川奈はヘイト集めを再度発動するに至った。

 ないと思っていた行動が、再び起こってしまった。

 その衝撃という硬直。ヘイト集めを再び浴びるという硬直。

 この二つが重なり、ロベルトは本来の速度をなくしてしまった。

 自分で狙い、自分で作ったこの絶好のタイミングを……川奈ららが見逃すはずがない。


「やっ!」

「ふっ!?」


 川奈のショートソードを何とか受けたロベルトだったが、本命はそれではなかった。凄まじい速度で眼前に迫る川奈の大盾。


「あらー……これは……無理でござるなぁ……」


 瞬時にかわせぬという事を理解したロベルトは、何とか防御するも、そのシールドバッシュによって、天高く打ち上げられてしまった。

 電光掲示板に突き刺さったロベルトは足をピクピクさせながら、負けに至る。


「やったぁ!」


 川奈の勝利が決定した瞬間だった。

 残る戦闘は翔と水谷、そして玖命と越田のみ。

 翔と水谷の戦闘はほぼ互角。

 しかし、水谷の表情には、明らかな無理があった。

 それもそのはずで、水谷には、玖命と戦った時のダメージが深く残っていたからだ。

 目に宿る闘志こそ消えないものの、未だ立ち続けているのは、その気迫、気力が占める割合が多いと言わざるを得ない。

 翔にもそれが理解出来たのか、ニカリと笑って水谷に言った。


「い~ぃ気合いじゃねーか……カカカカッ!」

「は、ははは……そう? 多分……過去一で頑張ってると思うんだけどね……中々……ちょっと……大変ね……」


 見れば、翔の両の拳、両の腕には無数の青アザが刻まれている。

 それは、水谷の剛剣を受け続けた証と言えた。

 水谷の木剣は折れ、断面には焦げ跡すら見受けられる。

 当然、その身体には、翔からのダメージも残っている。

 だがやはり、その命運を決めたのは、玖命との戦闘だった。


「最初から高幸に任せてれば…………ううん、やっぱり戦って良かった……かな」

「カカカカッ! だろ? 【命謳ウチ】のヘッドうつわがデケーからな!」


 翔が、強く拳を握る。

 水谷も何とか折れた剣を構え、応戦にのぞむ。

 翔がニヤリと笑って駆け、水谷がニコリと笑って駆ける。

 だが、振りかぶった翔の拳が、振り下ろされる事はなかった。

 翔は駆け足を緩め、ハッと気づいた後、再び駆けた。

 それは、前のめりに倒れる水谷を支えるため。

 倒れながら意識を失った水谷に肩を貸し、いつも通りカカカと笑う翔。


「んま、こういう事もあらーな。カカカカカッ!」


 水谷は自分の限界を超え、翔ではなく自分と戦っていた。

 負けた訳ではない。

 昨日の自分に勝ち、今日の自分を乗り越え、尚も歩み続けようと、必死で駆けた足が……もつれてしまっただけ。

 翔はリタイヤした茜に水谷を任せ、最後の一戦を見据える。

 隣には、川奈、山井がいつの間にか立っていた。

【命謳】の代表【討究】伊達玖命と、【大いなる鐘】の代表【元帥】越田高幸の頂上決戦。

 3人が手を出す事はない。

 最早もはや、団体戦としての勝負は決している。

 ならば、一回戦の【インサニア】戦同様、2人の一騎討ちでしか、満足を得られないだろう。

 3人は示し合わずとも、その答えに達した。


「伊達さん! ガンバですっ!!」


 川奈の声援が、玖命の木刀を更に加速させる。


「やっちまいなぁ、ヘッドぉ!!」


 翔の気合いが、玖命の肉体に力を与える。


「玖命っ! 油断大敵じゃぞっ!!」


 山井のアドバイスが、玖命の剣を研ぎ澄ます。


「はぁああああああっ!!」


 越田がどれだけ攻撃しようとも、玖命の傷は回復し、その体力は底が見えない。


「集中……集中ぅ……!」


 幾度も受けた玖命の攻撃も、3人の声によって更に強くなる。

 的確に受け切ったはずの攻撃が、すり抜けるように頬を掠める。


「くっ!?」


 的確に捌いていたはずの攻撃が、布石となって次の一手に迷いを生じさせる。


「何っ!?」


 的確に叩き落としたはずの攻撃が、叩き落とされる事を前提に動き、変幻な軌道を通って越田の腹部を突く。


「ぐぅ!?」


 先程まで、玖命を上回っていた越田が、いつの間にか、玖命に追い越されている事実。


(く、ククク……天恵だけじゃない……やはり彼は【無恵むけいの秀才】足る傑物けつぶつ……!)


 ニヤリと笑う越田は、玖命の本質を理解した。

 どれだけ大きなエンジンを積み、どれだけ凄まじい量のガソリンを入れたとしても……不格好ぶかっこうながらも、延々えんえんと、永遠に走り続ける玖命には、勝てないという事を。


「クククク……楽しい……楽しいなぁ、伊達殿……!」

「えぇ……とても!」

「最後の最後まで、しっかり付き合ってもらおう!」

「どこまでも……!」

「っ! ハァアアアアアアアアアアアッ!!!!」


【元帥】越田高幸の、最後の猛攻。

 時間にして、ほんの数秒の出来事だった。

 玖命はそれらを全て捌き、受け、かわし、流し、いなし、叩いた。


「くっ……!」


 自身の全てを出し切った越田は、決死の形相で大きく剣を振り上げる。


「越田さん……ありがとうございました」


 既に越田の背後にいた玖命は、そう言って大きく息を吸った。

 打ち抜かれた胴。表情を歪めながらも、越田には笑みが残った。


「ふっ、何……大した事はしていないさ…………」


 越田の意識があったのは……そこまでだった。


 ――成功。最高条件につき対象の天恵を取得。

 ――越田高幸の天恵【元帥】を取得しました。


 倒れる越田と共に、玖命はホッと息を吐く。

 そして、今日一番の大歓声によって、称えられたのだった。

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