第276話 ◆天恵展覧武闘会5

「はぁっ!」


 試合開始の直後、【将校】飯田いいだはじめが全員の天恵を底上げする。

戦神せんじん番場ばんばあつしを皮切りに、【天騎士てんきし渡辺わたなべげん、【サジタリウス】神田かんだ美鈴みすず、【大聖者だいせいじゃ堂本どうもと僚太りょうた、【将軍】武田たけだ隆堅りゅうけんがニヤリと笑う。

 これにより、全員の実力が第5段階近くなり、既に第5段階目である番場に至っては、日本有数、否、世界的に見ても有数の力を得る。

 しかし、【命謳】のメンバー、川奈、翔、山井はそれを見ても微動だにしない。

 それを見、不可解に思った番場と飯田が見合う。

 番場はクイと首を動かし、【将軍】武田に攻撃を促す。槍をくるりと回転させ、すんと鼻息を吐く武田。


「まったく、こんな出し物に何の意味があるのか……」


 そう呟き、武田が駆ける。

 直後、翔と山井の間、その奥に立っていた川奈が動く。


「集合っ!」


 大盾を構え、武田に対しヘイト集めを行う。

 これに対し、武田がニヤリと笑う。


(ふん、【天騎士】如きのヘイト集めで、底上げされた俺を釣る事は出来――――っ!? なっ!?)


 武田の考えとは反対に、その進路は川奈に向かう。

 川奈が立つのは翔と山井の間。

 左を見れば――鬼。


「おう、こら……シカトぶっこいてんじゃねーゾ?」


 右を見れば――鬼。


「かぁ~~~……お主、センスないのう~」


 翔と山井は川奈に向かう武田を通す訳もなく、ただただ拳と双剣を振りかぶり、


「「ぶっ飛べ……!」」


 殴り、斬った。


「っ!?!?」


 武田が吹き飛んだ先には、観客席を守る強化ガラス。ドコンと重く鈍い音の後、ひびが入るガラスに、全観客が沈黙する。


『こ……これは一体……!?』


 御剣の動揺の声の後、


『武田選手、失神KOです』


 荒神が司会代理を務めた。

 瞬間、どっとく観客たち。


「「うぉおおおおおおっ!! すげぇえええええ!!」」

「はっ!? 今何が起こったんっ!?」

「しょぉおおおおおおおおっ!!」

「たっくぅううううううううんっ!!」

「ららちゃんだろ!? 今のららちゃん起点だろ!?」


 口を真っ直ぐ結ぶ番場が山井を睨む。


「ほっほっほ、おー怖い怖い……何と恐ろしき目か……」

「ガン付けたところで、てめーらの人数はもう6人にはならねーんだよ。無防備に突っ込むとかアホだろ、お?」


 翔の無防備という言葉に、【将校】飯田が反応する。


「今、何をしたんすかね、、、、、、?」


 その口調に玖命がピクリと反応を見せる。

 そんな飯田の言葉に、翔が小指で耳をほじる。


「あぁ? 何がだよ?」

「武田さんは、そこの【天騎士】に釣られないと確信して突っ込んだんす。決して無防備に突っ込んだ訳じゃないっすよ?」


 事実、武田は小手調べのつもりで翔、山井に仕掛けるつもりだった。それが川奈のヘイト集めに釣られてしまった。たとえ玖命が【将校】の天恵を持っていようとも、武田はそれを受け付けるはずがないと踏んで動いていた。

 後方にいる【サジタリウス】神田も武田の動きに合わせ、動こうとしていた。それが、最初から潰された。

 会場にいる誰もがそれを不可解に思っていた。

 無論、【命謳】メンバーを除き。


「ふむ、それを懇切こんせつ丁寧ていねいに教えてやる程、わしらが愚かとも思っておるまい?」


 山井の言葉を聞き、飯田も不快を露わにし、舌打ちしながらも口をつぐむ。


「……パワーアップ!」


【大聖者】堂本が杖を掲げる。

 魔力を温存するという選択肢が【インサニア】から無くなった瞬間だった。


「くっ!」


 直後、【サジタリウス】神田が素早く弓を放った。

 3発の矢は風を切り、音を超える。

 1、2発目の矢は山井が捌き、3発目を跳んでかわす。それが後方の川奈に向かうも、難なく大盾でカバー。

 その間、【天騎士】渡辺が動く。


「カァッ!!」


 渡辺のヘイト集め、弱体化も、翔と山井は涼しい顔である。


「こんなもん――」

「――屁でもないわ!」


 翔と山井が駆け、飯田へと向かう。

 そう、この試合において、鍵となるのが【将校】飯田いいだはじめである。

【将校】は自身の天恵能力の底上げをする事は出来ない。従って、この試合の中で唯一第4段階目と言い切れるのが飯田である。

 そして、飯田を倒す事さえ出来れば、【インサニア】の実力アップを止められる。すなわち、番場をただの第5段階、他の3人をただの第4段階にする事が可能なのだ。

 だからこそ、翔と山井は、飯田に向かって真っ直ぐ駆けたのだ。


「くっ!」


【天騎士】渡辺が翔の前に立つも、


「しゃらくせぇっ!!!!」


 その大盾を強引に殴り、渡辺を吹き飛ばす。


「ぐお!? ば、馬鹿な!?」


 ミスリルクラスの大盾がひしゃげ、尚且つ吹き飛ばされる大男の渡辺。翔の拳にどれだけの威力があるのか、誰も理解出来ずにいた。


「ちょ、ちょっと!?」


 渡辺の巨体をかわし、【サジタリウス】神田がかがみながらも2発の矢を放つ。


「カァアアアアッ!」


 山井は小さく飛び跳ね、1発の矢をガチンと噛んで止めた。


「嘘でしょ!?」


 2発目の矢を、山井の双剣で弾き、


「アタックじゃ……!」


 神田へと跳ね返す。

 神田はこれを仰け反ってかわし、追撃して仕掛ける山井の剣を受けようと弓を正面に出す。

 しかし――、


「やはり、積み上げてない分……甘いのう」


 山井が振り上げた剣はブラフ。

 最初の剣を追うように迫った剣が狙う先は、神田が構えた弓――その弦にあった。


「ふんっ!」


 弦は弾けるように斬れ、武器破壊を成す。

 尚も追撃を仕掛けるも、【大聖者】堂本が回復させた【天騎士】渡辺が走りながらこれを止める。


「うぉおおおおおっ!」

「カ、カカカッ!!」


 助走をつけて受けたにも関わらず、渡辺の大盾は山井に押されてしまう。再び渡辺が弾かれた時、山井の視界の中で一番近くにいたのは神田ではなく、【大聖者】堂本だった。


回復役ヒーラー潰しは団体戦の鉄板……!」


 ぎらりと山井の視線が堂本に向かうも、その視線を塞ぐ男が降り立つ。

 試合場の床を打ち抜くその威力に、会場がどよめく。

 山井は正面に立つ男を見、ニヤリと笑う。


「何じゃ、もう出て来よったか……番場ぁ……!」

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