第273話 ◆天恵展覧武闘会2

 玖命を守るように動いた3人。

戦神せんじん番場ばんばあつしを前に、控室の空気が凍り付く。

 玖命はベンチに座りただ番場を見上げ、番場はただ玖命を見降ろした。


(大きいな。身長は越田さんと同じくらい。だけど、骨格、体格は番場さんの方が厚く、太い。得物は戦斧ハンドアクスが2ちょう。この長い手足は戦いづらそうだ)


 玖命は初戦の相手を見据え、その戦闘能力、自身の立ち回りに考えを巡らせていた。

 そんな2人の視線の交叉に、痺れを切らせた山井が言う。


「これ、こっち見んか……番場ぁ……!」


 直後、控室の空気が一変する。

 山井の闘気が溢れ出し、番場を威嚇し始めたのだ。

 その剣気に当てられ、ようやく番場が山井に視線をずらす。


「……ふん、生い先短けぇのに無理してんな、爺ぃ」


 山井の気迫も涼しく受け流し、番場はニヤリと笑ってそう言った。

 煽られた山井は目を見開き、その眼光に力が宿る。

 正に一触即発の段階。

 そんな2人の間に加勢するように、邪魔するように入ったのが川奈だった。


「山じーさんは後15年は現役ですからっ!」


 ぷんすこと頬を膨らませる川奈に、玖命は目を丸くし、翔、山井も毒気を抜かれる。

 翔と山井は顔を見合わせ、困惑する山井の目に翔が気まずそうにする。


「あー、えー……と……じょ、嬢ちゃん、そりゃ随分リアルな数字だな?」

「100歳までは厳しいかと思いまして……!」


 未だ鼻息荒い川奈を見、山井がしょげる。


「仲間から背中を撃たれた気分じゃのう……」

「えー、ちゃんと背中押しましたよっ!」

「カカカカッ、断崖絶壁から突き落としたの間違いだろーが?」

「山じーさんなら落ちてもピンピンしてると思います」


 そんなやり取りに、くすりと笑う玖命。

 番場はじっと川奈を見、最後に玖命を見た後、一瞥いちべつするようにきびすを返したのだ。

 そんな番場の姿を見て、翔が山井の背中をポンと叩く。


「嬢ちゃんのが番場に見られてた時間長ぇんじゃねーか?」

「案ずるな、後でじっくり儂の背中を見せつけてやるわ」

「あいつに背後とられたらヤベーと思うぜ?」

「ほっほっほ、わかるか?」

「おうよ! 気迫はなかったが、とんでもねープレッシャーだったぜ!」

「あれに【将校】の底上げが入ると考えると……ちと面倒だのう」


 そう山井が言うと、玖命が立ち上がる。


「でも、対処出来ない相手じゃないですよ」


 2人の間を通り、静かに言った玖命の言葉に、ニヤリと笑う翔と山井。

 そのまま進む玖命の背を見て、川奈が小首を傾げる。


「伊達さん? どこに行くんですか?」

「挨拶してきます」


 そう言って向かった先は、番場と【命謳】の動向を隅で見守っていた6人。

元帥げんすい越田こしだ高幸たかゆき、【天騎士てんきし山王やまおう十郎じゅうろう、【大聖女だいせいじょあかね真紀まき、【賢者けんじゃ立華たちばな桜花おうか、【頭目とうもく】ロベルト・郷田ごうだ…………そして――、


「や、玖命クン!」


剣皇けんおう水谷みずたに結莉ゆり


「お久しぶりです、越田さん、山王さん、茜さん、立華さん、ロベルトさん、水谷さん。お騒がせして申し訳ありません」

「久しぶりだね、伊達殿。構わないよ、今ので【大いなる鐘ウチ】のメンバーも引き締まったようだからね」


 そんな越田の言葉に、水谷がのっかる。


「ふふふ、相手をするとは、流石玖命クンだねっ」


 ニカリと笑う水谷を見て、玖命が苦笑する。


「ははは……えーっとそれで……」


 気まずそうにする玖命の視線に茜が気付く。


「どうしたの、坊や?」

「茜さん、本当にその衣装で出られるんですか……?」

「現代版の大聖女って感じがするでしょう?」


 目を細め、微笑む茜に、玖命は目を背ける。

 不自然に短いスカート、スリットから見える派手な下着。

 胸元は大きく開き、豊満な谷間を覗かせる。

 スカートの内側から白のソックスまで伸びるガーターベルト。

 控えめに頭部に置かれた看護師帽。


「看護師さん……ですか?」


 玖命が疑問を述べるには、余りにも真っ当な意見と言えた。

 くすりと笑う茜に、越田も苦笑する。


「ギリギリ大会運営から許可が下りたのがこれだ」

「どれも健全だったのにおかしいわね……ふふ」


 そんな茜の言葉を聞き、玖命は「健全とは何か」を自問自答するのだった。


「はははは、決勝で待ってるからな、伊達」

「おや、山王氏、それは代表の言葉では?」

高幸ユキの柄じゃないだろう? 立華」

「にんにん、某は高みの見物といくでござるよ、伊達殿!」


 そんな山王、立華、ロベルトの激励だったが、越田がそれを嘆く。


「全く、少しはこちらの苦労もわかってもらいたいものだね。我々と【命謳】が初戦で当たっていれば、そんな軽口は叩けないはずだが?」


 言うと、山王は口笛を吹き出し、立華が咳払いをし、ロベルトは消えた。


「伊達殿」

「え? 何でしょう?」

「山井殿、鳴神殿、川奈殿……どうやらかなり鍛えこんだようだね?」

「強くなったとは思います」

「ほぉ? 流石は【無恵むけいの秀才】。あれでは鍛えたとは言えないと?」

「ははは、そういう訳じゃないですけどね。でも――」


 言いながら、玖命は山王をちらりと見る。


「――決勝で会えると思います」


 その強気とも、軽口ともとれる発言に、【大いなる鐘】のメンバー全員が目を見開く。

 くすりと笑って「では、失礼します」と言ってきびすを返す玖命の背中を追い、水谷は固く口を結ぶ。

 水谷と同じ反応を見せる4人に、越田は眼鏡をくいと上げ、小さく零した。


「呑まれたな」


 そんな言葉に、ビクりと反応するメンバーたちは苦笑を漏らし、越田は肩をすくめ、溜め息を吐くのだった。

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