第272話 ◆天恵展覧武闘会1

 大部屋の控室。

 団体戦を前に、皆、殺気立った表情を浮かべる中、玖命は非常に穏やかな表情をしていた。

 そんな玖命の視線を動かす男が一人。


「よぉ、ヘッドぉ……しばらくぅ、、、、、


 ニヤリと口の端を上げて玖命の前に現れたのは、鳴神なるがみしょう

 月刊Newbieの撮影時に着ていた特攻服姿に、玖命は顔をヒクつかせる。


「翔……お前、マジでその姿で出るつもり?」

「ぁあ? TPO、、、ってもんを考えたら、普通にこの正装だろうが?」

「とんでもない、ポカを、おこすヤツ」

「カカカカッ! 問題ねーよ。にしてもヘッドは命謳Tシャツだけなんか?」

「試合前検査が楽だしな」


【天武会】の試合前検査――【天武会】ではアーティファクトの使用が厳禁である。どんな衣服にもアーティファクト加工が可能なこの現代では、試合前に全ての衣服にチェックが入る。

 玖命はTシャツと動きやすい伸縮性のパンツのみといういつものスタイルで翔の前に立っている。それが翔には不思議でならなかった。


ヘッドは少し目立ってもいいと思うんだけどな」

「いや、最近十分目立ってるから」

「ぉ? 何かあったんか?」

「いや、大体知ってるだろ」

「そうか? 最近だと事務所オフィス買った事くれーだろうが」

「もう海老名の一件忘れてるのか、お前」

「そんなとーい昔の話は忘れちまったな、カカカカッ!」

「まぁ、強くなってるならいいよ」

「お? わかっか? いつ気付くかと思ってたんだがなぁ」


 ニヤリと笑う翔に、玖命は肩をすくめて言う。


「最初から気付いてたよ」

「へぇ~……流石はヘッドだぜ」

「本当なら昨日全員で会って、今日の打ち合わせしたかったけど、休暇に充てたのは間違いじゃなかったな。疲れもないみたいだし」

「おうよ! 試合前ミーティングだけで十分よ、カカカカッ!」

十分じゅうぶんというか十分じゅっぷんしかないけどな」

「つまんねー事言ってんじゃねーよ」

「他の皆は?」

「得物の準備だろ、俺様はないからな」

「俺は早く来て済ませちゃったよ」

ヘッドは木刀2本か。センパイも木剣2本だったな」

「川奈さんは大盾と木のショートソード……まぁ変わらないよな」

「武具は両手のみのルールだしな。しゃーねーよ……ん?」


 翔が気配を感じ、振り向こうとした。

 玖命はその視線より早く、その気配の主に気付く。


「喜多方ラーメンはどうでした、川奈さん?」


 そろりと歩く姿を見ずに言い、川奈を驚かす。


「ひゃい!? ど、どうしてわかったんですかぁ!? 驚かそうと思ってそーっと来たのにぃ……!」

「カカカカッ! 今のヘッドの集中力にゃ、誰の接近も誤魔化せねーよ」

「むぅう……確かに伊達さんも強くなってる気がします……」

「川奈さんも頑張ったみたいですね。凄く強くなってます」

「えぇ……そ、そうかなぁ……へへ」


 恥ずかしがる川奈の背負う大盾を見て、翔が首をひねる。


「大盾は実物でも構わねぇのか」

「ですです! 私も驚いちゃいました。あ、でも、アーティファクト入りは駄目なので、家で飾ってる予備の盾を持って来たんですー」

「ほーん、まぁ予備は大事だよな……ん? どうしたヘッド?」

「予備……ミスリルクラスの?」

「はい! これはちゃんと自分で買ったんですよ!」


 そう言いながら、川奈は嬉しそうに顔を綻ばせる。


ヘッドも【鸞丸らんまる】の予備くらい用意しといた方がいいかもなぁ、カカカカッ!」

「金銭感覚がおかしくなりそうだな……ははは」


 苦笑を漏らしながらも、玖命はいつもよりかは平静だった。

 それに首を傾げた川奈と翔が顔を見合わせる。


「ふふふ、ようやく伊達さんも金銭感覚がトップクランの代表になりましたね」

シングルを超える頃にゃ、普通の天才は金なんかあってないようなもんだからな、カカカカッ」

「いや……富士山頂で500円するスポーツドリンクを見かけた時に、色々吹っ切れた感じがするだけですよ。まぁ、予備の大盾には驚きましたけど……俺も用意した方がいいのかなぁ……」


 そう言ってブツブツ言う玖命を見、翔と川奈は苦笑するのだった。


「まぁ、ヘッドの場合、そんくらいの感覚のがいいかもしんねーな」

「ですね。あれ? そういえば山じーさんは?」


 そう言うや否や、山井が現れる。


「ほっほっほ、流石はららちん。ちゃーんと儂の事も気遣ってるくれるとは……」

「お、来たかセンパイ」

「おぉー、今、シュンって現れましたね!」

「カッコよかったじゃろ?」

「はい!」

「この狭い控室でやるような事でもねーだろーに」


 呆れる翔に、山井がジト目を向ける。


「儂の話なぞ全然出してくれないんじゃ、驚かせたくもなるだろうに」

「ったく、構ってちゃんかよ。それに、ヘッドは最初に俺様と話した時に、2人の事気にしてたぜ」


 言いながら親指で玖命を差す翔。


「おぉ、流石は玖命きゅうめいじゃ!」

「山井さん、良い感じみたいですね。闘気が満ち溢れて…………誰も近付いて来ませんよ……」


 玖命は周囲を見ながら、呆れた様子を見せる。

 しかし、そんな事を気にする山井ではない。


「ほっほっほ、蚊取り線香みたいなもんじゃ!」


 そんな快活な笑い声をよそに、玖命、翔、川奈が控室の扉に目をやる。

 山井もピタリと止まり、真っ直ぐその男を捉える。

 側頭部を刈り上げ、数十本のドレッドをまとめ、束ねた大男。

 無骨な顔立ちに似合わぬブレない体幹、2mは超える身長を支える肉体は大きく隆起し、その眼光は全ての天才を突き刺すように睨む。

【命謳】を見かけるなり大きな足取りで歩を進める。

 一直線に玖命に向かう大男の足を止めたのは、3人の【命謳】メンバー。


「誰だてめぇ、お?」


 メンチを切って威嚇する翔。


「こんにちはっ!」


 大盾をどんと置き、元気に挨拶する川奈。


「久しいのう……【番場、、】!」


 そう、4人の前に現れたのは、西の巨大クラン武力集団【インサニア】の代表【番場ばんばあつし】その人だったのだ。

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