第269話 天才派遣所統括所長【荒神薫】6
「査定官……ですか?」
俺が聞くと、荒神さんは渋い顔を見せながら教えてくれた。
「査定官の条件を
「
「だろう? まぁ、お上との話し合いで決まったからこれ以上は下げられなかったよ」
荒神さんは下げたかったのか。
「どうしたんだい?」
「いえ、査定官をAランクまで下げたかった理由は?」
「単純に母数の問題だよ」
まぁ……それしか理由はないよな。
「場合によっては地方まで高ランクの天才が出張らなくちゃならないだろう? それも面倒でね……」
「不満も多そうですね」
「更に厳しくするのと同義だからね。これがきっかけでまた【はぐれ】が生まれる事を考えると……胃に穴が――」
そりゃ大変だろう。
「――開いてくれたら、少しは休めるんだろうけどねぇ」
全然元気だった。
「どうも、身体が丈夫でね。そろそろ壊れてくれても構わないんだけどね」
そう笑って言う荒神さんだが、その笑みに苦労が見てとれる。
あちら立てればこちらが立たぬという事が多い役職だ。
彼女を見てると、こちらは協力は断れない。
「わかりました。【天武会】の後、ご連絡ください」
「ふふふふ、ありがとう。助かるよ」
さて、これで今日の話は終わりだろうか?
意外に長居をしてしまって、外で待たせている防衛大臣の【
「今日は伊達の人となりをちゃんとこの目で見られてよかったよ。意見も感想も、その表情も……ね?」
「は、はははは……」
百戦錬磨の賢者【荒神薫】。
こちらとしても、彼女の人となり、その気苦労を知る事が出来て、本当によかった。
多分この人は、米原さんや越田さんよりも腹芸は上手くないのだろう。腹に何か含みつつも、可能な限り真っ直ぐを貫こうとするその姿勢は、俺も見習わなければならない。
まぁ、勝てそうにはないけど。
「そうそう、最後に【天武会】の件なんだけど」
「【はぐれ】の事ですか?」
「【インサニア】の件は把握してるよ。だから団体戦で【命謳】を初戦に当てたんだ」
今、さらっととんでもない事を言ったな、この人。
というか、トーナメント表の
「言っておくけど、これ、たっくんの考えだからね?」
今、さらっととんでもない事を言ったな、この人。
「【天武会】の団体戦は一日で終わる。初戦で【命謳】と当たれば、たとえ【命謳】が破れようとも、【インサニア】に爪痕を残す事が出来る。そんな中、決勝で【大いなる鐘】と当たれば――」
「――確かに、消耗した【インサニア】が勝つのは困難でしょうね」
「だから私はたっくんに、『初戦で【インサニア】と【大いなる鐘】が当たるようにしてはどうか』って聞いたんだよ」
「たっくんは初戦で100%の【インサニア】と当たる事が望みなんだって。困った旧友だね、まったく」
投げやりに言ったな。
「だから私は『それだと【命謳】が厳しいだろう』って言ったんだけどね? そしたらアイツ何て言ったと思う?」
「はぁ……?」
「『【インサニア】も【大いなる鐘】も、全員を踏み倒して優勝すれば……最高にカッコイイじゃろ?』だって」
うわぁ……言いそう。
「あ、これ、たっくんの【フォロワー増加大作戦】でもあるんだけどね」
うわぁ……やりそう。
「まぁ、【命謳】が大変な分には問題ないし、【天武会】は盛り上がるだろうし、こちらとしては
「【
俺が謝罪すると、荒神さんが不思議そうな顔で俺に言った。
「でもね」
「は?」
「私が『たっくんが、そこまで自分を追い込む姿って珍しいね』って言ったら」
「……言ったら?」
「『玖命の追い込みに比べればこんなもの甘口じゃ! 玖命なら
「…………心当たりがないですね?」
俺はたっくんに必要なトレーニングしか課してないしな……?
俺と荒神さんは首を傾げながらしばらく見つめ合う。
疑問自体を放棄したであろう荒神さんは、俺に言った。
「でも、伊達的には、あのトーナメント表は嫌じゃないんだ?」
「まぁ……最初はちょっと大変かなって思ったんですけど、しっかり準備すればいいだけだなと思いまして」
「準備……ね。残り5日でどんな準備をするんだろうね」
「まぁ……それは、見てのお楽しみという事で」
「ふふふ、そうする」
「でも、そういう
「あぁ、あれは、たっくんと鳴神の依頼だよ」
何か1人増えたんだけど?
「伊達って、たっくんと鳴神とは一度も真剣勝負した事ないんだって?」
「……そういえばそうですね……え? それじゃあ2人は100%の俺と戦いたいって事ですかっ?」
「それ以外にあの組み合わせはあり得ないでしょう?」
あの2人、【天武会】を楽しむつもりはないみたいだ。
いや、あの2人の事だ。真剣に楽しんでいると言っても過言じゃないかもしれない。
「いいね、戦う男の顔になったじゃない」
「えぇ、少し楽しくなってきました」
「ふふふ、これ以上は引き留めない方がよさそうだね。今日はありがとうね」
そう言って荒神さんは右手を前に差し出す。
俺はその手を取り、荒神さんと固い握手を交わしたのだった。
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