第268話 天才派遣所統括所長【荒神薫】5

「まぁ、幸い、【命謳】の事務所オフィスはまだないけど……今探してるんでしょう?」


 荒神さんの言葉に俺は現実に引き戻される。


「あ、そうですね【天武会】までには決めておきたかったんですけど……」

「じゃあ、これ」


 そう言って、荒神さんは一枚の紙を俺に渡してきた。


「これは?」

「モンスター災害で倒壊した家屋や内装を迅速に何とかしてくれる土建屋さん」


 なるほど、住所や連絡先が書いてある。


「昔は大変だったけど、魔石関連の技術も進んできたから、今は2日もあれば内装ならある程度カタチになる。八王子支部に近いところで、大災害の時にも無理してもらったところだから、チップは弾んであげな」

「ありがとうございます」

「とはいえ、私から紹介されたとは言わないでね。こんな些細な紹介でも癒着だ何だと騒ぐ輩がいるから、後始末が面倒でねぇ」


 言いながら、荒神さんは目を細める。

 あぁ、この人は本当に苦労してるんだな。

 そう思わずにはいられない程、荒神さんは本音を見せてくれたのだ。


「で、その大災害の件だけど……」

「はい」

「八王子駅の北側に8ヵ所、南側に5ヵ所。【大いなる鐘】がいたとはいえ、伊達には迷惑をかけたね。報酬も出せなかったのに7ヵ所のポータル破壊。本当に助かったよ、ありがとう」


 大災害と認定されれば、実績こそ積み上がるものの、天才たちの収益はないも同然。その全てを復興に充てる事になるからだ。

 あの時の俺はお金こそなかったが、俺は八王子で育ち、生きてきた。

 故郷を守る事に何の躊躇もなかった。


城田しろた英雄ひでお……いや【八神やがみ右京うきょう】だったね。【大いなる鐘】の第2班にまで【はぐれ】がいるとは思わなかったよ。四条にも申し訳ない事をしたね」

「お気遣いありがとうございます。四条さんにも伝えておきます」

「以前から、あの子の事は気に掛けてたんだよ」


 こう言うって事は、おそらく四条さんの境遇を考えての事だろう。


「中学を卒業したばかりの人間を、強制的に隔離するように派遣所に就職させる行為こそが、あの子たちの不満にもなり、成長の妨げになるという事は、派遣所としてもわかってるんだけどね。外ではどうしても天才は生きにくい。あの子も自分の天恵を恨んだ事だろうね……」

「あの……――」


 そこまで言った後、俺は言葉を詰まらせた。

 それ以上は、おそらく四条さんの許可がなければ踏み込めない領域だから。

 それを理解しているのか、それとも理解せずなのか……いや、荒神さんは全てお見通しなのだろう。

 俺にほんの少しだけ教えてくれた。


「金銭的な苦労はあろうとも、伊達家という存在はありがたかっただろう?」

「っ! …………はい」

「天才になった途端、家族を異物扱いする家庭もある。伊達はその事をよく理解しているはずだね?」

「はい。ありがとうございます」


 それだけでわかってしまった。

 四条さんの口から、四条家の話が一切出ない事を。

 誰も味方がいない環境に置かれ、四条さんは猫を被り、不満を溜めながらも限界のところで踏みとどまっていた。


「命謳に入ってイキイキしてるあの子を見て、伊達には感謝したものだよ」

「いえ、四条さんにはいつも助けてもらってます」

「天才派遣所は天才を守る組織だ。優遇とも冷遇ともとれる組織。何とも歪んだ組織だと思うよ。統括所長なんてやってても、自分の無力をひしひしと感じてるよ。出来る事、出来ない事……こんなんでもお上の管轄だからね。無理は通せても、道理は捻じ曲げられないのは何とも難しいもんだねぇ」


 そう言う荒神さんは、やはりどこか感じているのだろう。

 世界にとって、自分がいかに無力であるかを。

 天才がどれだけの力を持とうとも、動かせないものが人の心だ。

 一般人と共生するには、天才の力は畏怖の対象。

 一般人を守る事により、天才派遣所は天才を守っている。

 そうする事でしか、俺たちの居場所はないのだから。


「【大いなる鐘】の【八神】や、北海道事件の【阿木あぎ龍己たつき】、小宮で四条を狙った鉄腕の男【羽佐間はざまじん】には会ったかい?」

「それは……面会という事ですか?」

「そう言うって事は会ってないんだね。話は通してあるから、もし会ってみたくなったら行ってみるといいかもね」


 一度会っておくべきだろうか。

 …………【はぐれ】の動向も気になるところだ。

【天武会】が終わった段階で面会に行ってみるのも一つの手だろう。


「ありがとうございます。都合をつけて後日伺います」

「そういえば、ダンジョンイレギュラーの件は伊達がよく知ってたね」

「あー……ゴブリンジェネラルの徘徊、ゴブリンダンジョンのモンスターパレート、さざなみさんが亡くなった赤鬼エティン……確かに巻き込まれたと言われれば俺が一番多いかもしれません」

「侵入可能者の選定の話については?」

「少しだけ聞きました」

「【天武会】が終われば変えるつもりだよ。【Cランク以上の天才がダンジョンに侵入が出来る。但し、派遣所が定める査定官に認められた者に限る』ってね」

「わかりました。【命謳】もそれに従います」

「いや……」

「え?」

「命謳には出来れば査定側をやって欲しいんだよね」

「……なるほど」


 なるほど……?

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