第267話 天才派遣所統括所長【荒神薫】4

「あぁ、まず海老名の件、ありがとう。本当に助かったよ」


 荒神さんが深く頭を下げた。

 これに、俺は手を小さく出し、答える。


「いえ、当然の義務です」

「ふふふ、いっぱしの天才だねぇ。義務を背負って、危険なモンスターの前に立てる天才はそう多くない。最近のイレギュラーも重なって、前線に立つ天才が減っているデータも出てるんだよ」

「え、そうなんですかっ?」

「Cランクの天才【さざなみれん】が殉職じゅんしょく。それが皮切りのように八王子の大災害で少なくない天才が死んだ。皆が安全マージンを取りたがるのは必然だろうねぇ」


 確かにその通りだ。

 Bランク、Aランクになって強くなったと実感した時が一番危ういと聞く。

 だからこそ、実力者の殉職を耳にし、引き締めるのは当然の事。

 特にイレギュラーが続いた7月前後……あれからそう時間は経っていないしな。


「天才が成長を止め、銃を持ってしまう日も遠くないかもね」

「高ランクの天才でさえ、KWN重工の銃を持つ可能性があると?」

「可能性を否定する方が難しいとは思わないかい?」

「…………そう、ですね」

「おっといけない。海老名の件だったね。あの一件で結構有名になっちゃったね。ふふふ、これ、たっくんからのお土産なの」


 そう言って、荒神さんは自身が着てる【命謳】のTシャツを指差した。


「何か欲しいものがあれば言ってください。融通しますよ」

「はははは、お土産と融通は違うからね。変な癒着を疑われたら怖いし、気持ちだけもらっておくよ」


 の割にはTシャツ着てるんだよなぁ。


「今、着てるのは伊達からの印象を良くするためだよ」

「い、言い切りましたね……」

「心証をよくするために使うものは何でも使う。それが古い友人からもらったTシャツだろうがね」


 心証よくするためなら言わない方が……いや、俺と荒神さんの場合、言ってしまった方が弊害は少ないかもしれない。

 ふむ、やはり凄いな、この人。


「そ、そうですか……」

「安心しなよ、ちゃんと【命謳】のファンだし、伊達のファンクラブにも入ってるよ」


 安心する要素なのか、それ。


「さ、海老名のダンジョン内での事を教えておくれよ」


 荒神さんにそう言われ、俺はあの日の出来事を包み隠さず、伝えた。

 たっくん、翔が瀕死となり、川奈さんが奮戦し、何とかルシフェルを倒せた事。

 それを伝え終えると、荒神さんは難しい顔をしながらも言った。


「私とたっくんも、SSSトリプルとの戦闘は2回経験があるんだよ」

「そういえば、山井さんも言ってたような気がします」

「勿論、こっちは数がいたからね。時間をかけ、策を弄し、弱いなりに頑張って倒したもんさ」

「……被害は?」

「1回目は酷かったね。シングルSSダブルの天才が11人も命を落としたよ。2回目はより慎重になりつつも、3人死んだ。たっくんはそれを知ってるはずなんだよ」

「……え?」

「知ってて尚、【命謳】のメンバーなら全員死なずに勝てると踏んだ……そう考えたって事さ」


 たっくんが、そんな事を考えてたなんて思いもしなかった。


「ふふふ、短い付き合いだってのに信頼されてるじゃないか」

「俺には勿体ない仲間ですよ」

「言葉には出さなくてもいい。でも、その気持ちだけは持っててくれると嬉しいねぇ」

「ははは……あ、そういえば山井さんからの相談は?」

「【はぐれ】の戸籍の件かい? うんうん、ある程度こちらでも目星はつけてたからね。たっくんの言葉が後押しになってくれたよ。ありがとうね」

「い、いえ……お役に立てたのであれば幸いです」

「まぁ……それ以上に面倒な相談があったんだけどね……」


 そう言いながら、荒神さんは困った表情を浮かべた。

 一体、たっくんはどんな相談をしたというのだろうか?


「たっくんったら……『儂のフォロワーが増えないんじゃぁああああ!!』って泣くんだよ……」


 こっちが泣きたくなる案件だ。


 ――俺には勿体ない仲間ですよ


 あれだな、少し勿体なくなくなった気がするのは気のせいだろうか。


「だから私、大笑いしちゃってね」


 近所のおばちゃんみたいに言って来たぞ、この人。


「『どうすればいいかのう。どうすればいいかのう』って爺さんみたいに聞いてくるの」


 そりゃ、たっくんが爺さんじゃなかったら、世の爺さんの半分は爺さんじゃなくなるだろうな。


「だから念のために用意しておいたデータを見せてあげたの」


 たっくんのフォロワーの動向なんてデータに出して用意しておくものか? いや、荒神さんの性格を知った今ならわかる。この人なら、笑い話のネタ用に用意しているだろう。


「そしたらたっくん『目から鱗じゃ……!』って言って……肩を落として帰って行ったの。もう笑っちゃって笑っちゃって」

「え、目から鱗って事は……フォロワーが少ない理由がわかったんですよね? 何で肩を落とすんですか……?」

「そりゃ、私とかたっくんの世代よ?」


 荒神さんや……たっくんの世代?


「スマホやパソコン、タブレットでファンクラブや【ツイスタX】に登録してフォロー出来る人なんて数に限りがあるでしょう」

「あ………………確かに」


 盲点だった。

 勿論、電子世界に足を踏み入れる高齢者もいる。

 しかし、80歳に近いたっくんの現役ファン……と考えると、そのファンはアナログ世代と言っても過言ではない。

 新聞広告やはがき、テレビCMの方が効果的。

 全てを電子で済ます今の世代から考えると、集客しづらいのは当然と言えた。


「まぁ【天武会】でぐっと伸びるでしょ。あれにはクラン事務所オフィスの住所も載るし、テレビにも出る。たっくん宛に沢山届くでしょうね」

「な……何が……でしょう……?」

「ファンクラブに入りたい人たちの【封書】。返送が大変そうね」


 そう言った荒神さんの笑みには、少なからず同情の色があった。


「たっくんの全盛期は大人気だったからね。伊達よりファンはいるでしょうね」

「自動返信じゃなく……手動……返信……!? た、大変だ……!」


 バイト雇わなくちゃ……!

 助けて命さんっ!!

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