第246話 やって来たお転婆姫5

 そう言えば、たっくんが以前、【樹子姫のGotoヘブン】……通称【姫天ひめてん】のコメントを荒らした時、


 ――月額500円で、入会特典として玖命のサイン付き寝顔生写真を抽選でプレゼント^^


 とか、冗談だと思ってたけど、あれもマジだったのか……?

 会員証寝顔写真があるという事は、別の構図?

 みことの事だ、やりかねない。

 つまり、抽選はまだという事。

 ならば、防ぐ事は出来るかもしれないが……みことと四条さんを敵に回す事を考えると……何も出来ないで終わる未来しか見えない。

 俺のサインがどれほど嬉しいのかわからないが、とりあえず米原さんはホクホク顔で会員証を写真に収めている。


「ふぉ……ふぉお……!」


 米原さんの感嘆詞かんたんしって結構独特な気がする。


「「こほん」」


 越田さんのわざとらしい咳払いと、慌てて米原さんを急かす小林さんの咳払いが重なる。


「あ……えと……失礼致しました。お待たせした上、不躾な態度をとりました。深くお詫びします」


 突然、女王米原が現れた。

 ホント、感情表現が豊かな人だなぁ。

 すると、越田さんが俺に目を向けた。

 何だ? 俺へのアイコンタクト?

 ……あー、もしかして、そういう事?


「そ、それじゃあとりあえず座りましょうか」


 こ、これで合ってる……のか?

 ニコリと笑い着席する越田さん。

 よかった、やはりこれで正解のようだ。

 考えてみれば確かにそうかもしれない。

【大いなる鐘】と【ポット】の間に同盟や傘下契約はない。内々で繋がりはあるかもしれないが、今重要なのはソコではない。

 そして、【命謳】と【大いなる鐘】は同盟関係にある。

 つまり、この場において二つのクランは対等。

 しかし、そこに【ポット】が加わるとなれば、更にややこしくなる。

【命謳】に傘下クラン要請を出している【ポット】は、【大いなる鐘】とは対等でも、【命謳ウチ】とは違うという事。

 なるほど、指揮を執るのは俺、という事になるのだろう。

 …………え、どうしよう。凄く面倒臭い。


「ククク、顔に出てますよ、伊達殿」

「へぁっ? そ、そうですか?」

「面倒かもしれませんが、覚えておいた方がいい。謙虚が美徳とも言われるやもしれないが、その謙虚が出す答えが、伊達殿が信頼している仲間たちを下げる行いとも言えないのだからね」


 そう言って越田さんは眼鏡をスッと上げた。

 なるほど、厳しいようでとても優しい人だ。

 俺は越田さんに言われた事を胸に、すっと大きく息を吸った。


「米原さん、改めてお久しぶりです」

「お会い出来て光栄です。伊達さん」

「今回の【命謳】との面談……【ポット】が【命謳】の傘下クラン契約をしたい、という事でよろしいでしょうか?」

「はい、結構です」

「それで、何故この場に【大いなる鐘】を?」


 俺はちらりと越田さんを見てから、米原さんに聞いた。


「越田殿には、以前から一度お会いしたい旨、ご連絡していたもので」


 そう言って米原さんは目を細め……笑った。

 当然、それは越田さんも気付いているだろう。

 今の笑み……つまり、言葉以上の目的があるという事。

 俺がそんな事を考えていると、俺の目の前と米原さんの目の前に四条さんが紙を置いた。


「こちらが、メールで事前にご要望を伺い、こちらの要望をすり合わせた契約書です。手に取ってご確認ください」

「ふぉ……生棗ちゃん……!」


 生キャラメルみたいに言ったな。

 米原さんの好奇の目に触れるも、四条さんは一貫してツンとした態度でいた。


「し、失礼しまーす」


 そう言って契約書を代わりに読み始めたのは……小林さん。

 彼は米原さんに振り回されるのが仕事なのかもしれない。


「…………特に変更点はないようですねー。どう、いっちゃん?」

「実は、2点加えて欲しい条項があるのです」


 俺と四条さんは目を見合わせる。

 ……というか、俺を助けてくれるはずの川奈さんとたっくんが戻って来ないのは何故か。

 まぁ、四条さんがいれば大丈夫だろうし、最悪あの2人を呼べばいい話だ。

 四条さんが頷くと、俺は米原さんに言った。


「越田さんが同席でもよろしいのですか?」

「元より、これを聞いて頂くためにお呼びしましたから」

「ほぉ……」


 今度は越田さんの目が細くなる。

 なるほど、越田さんを証人として選んだのか。


「勿論、それだけではありませんが、公明正大な越田さんが立ち会ってくださるのでしたら、私も安心出来るのです」


 何とも……わかりやすいわざとらしさ。


「伊達さんもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。【大いなる鐘】とは同盟を組んでいるので、【ポット】さんとの契約内容を共有する旨は、契約書に記載がありますから。後で共有するのも、今共有するのも同じかと」


 四条さんが頷き、俺が言う。


「伺います」

「まず1つ目。我々【ポット】は、傘下クランとして、【命謳】に対し、契約料として月に5000万円を納めたく存じます」


 やはり、越田さんの言った通り、上納金の話。

 しかし解せないな。【ポット】程の巨大クランが、ここまでする必要があるのか? 月5000万という事は、年6億の契約料。

 それに見合う何かを、こちらが提示出来るのか?

 しかし、次の米原さんの言葉に、俺は目を丸くした。


「2つ目、【命謳】にはまだ事務所オフィスがないと伺っております」

「え? えぇ、そうですね。【天武会】までにはと思ってますけど?」

「【命謳】が事務所オフィスを構えた際、その付近、もしくは同じビルに、【ポット】東京支部を置く事をお許し頂きたいのです」


 とんでもない事を言われた自覚はある。

 しかし、米原さんの狙いを考える俺の横で、四条さんがブツブツ言ってた事の方が気になって、全然頭が働かないのだ。


「……こいつ、現地妻じゃなく、通い妻でもするつもりか?」


 微笑む米原さん、苦笑する小林さんと越田さん、呆れる四条さん。

 そして……混乱する俺。

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