第244話 やって来たお転婆姫3

 俺の困惑した表情を拾ったのか、むしろ拾っててえてこれまで黙っていたのか……まぁ、この人の場合後者だろうけど、越田さんが俺に教えてくれた。


「実は米原さんから私たちも呼ばれていてね。【命謳】と一緒にレンタルルームまで来るように言われていたんだよ」


 絶対後者だ。

 相変わらず越田さんの感性には驚かされる……というより、やっぱりこの人は裏方向きなんだろうな。

 そう思いながら、俺は水谷に目を向ける。


「三大クランの面会だね!」


 水谷はそう言って、俺にVサインを向ける。

 なるほど、だから第1班が八王子にいたのか。

 そもそも、彼らが八王子にいる事自体異常なのだ。

 翔と茜さんの睨み合いというイベントが、正常な判断を曇らせてしまった。


ヘッド、ちと苦しいんだが?」


 俺に引き摺られ、翔が天井を見つめながら言う。


「もう茜さんに迷惑かけないなら放すよ」

「迷惑かけたつもりはねーんだが? どう見ても俺様の優しさだろうが?」

「人によって見方は変わるんだよ」

「…………なるほど」


 珍しく得心した様子で、翔は押し黙った。

 そして、しばらく考え込んだ後、俺に続きを言ったのだ。


「レンタルルームまでは我慢してやんよ、カカカカッ!」


 つまり、今放せばまた茜さんに突っかかるという事だ。

 この強情っぷりは……やはり翔らしいと言えるのだろう。

 レンタルルームまで着き、俺は越田さんと隣り合わせになって着席する。

 越田さんたちが受付前にいたからわかってはいたが、まだ米原さんは着いていないようだ。


「伊達殿、先日の同盟会見の件……改めてお礼申し上げる」

「あ、いや……こちらこそ。同盟を発表してから、沢山の企業から声を掛けて頂いています」

「ははは、それは元より決まっていた事。同盟の報が後押しになっただけでしょう。全ての始まりはあの【サタン】討伐……海老名半壊の日から」

「そう……ですか……」


 あの日、海老名の被害者は1万に達した。

 SSダブルランクのモンスターがポータル外に出た事実。異例とも呼べる速度で事態は収束。【命謳】も多くの称賛を得た。

 だが、失った命は戻らない。

 被害を抑えただけで、全てを防いだ訳ではない。

 そんな俺の心中を察してか、越田さんが俺に言った。


「気に病む必要はない……とは言いません。が、どうしても何かしら救いが欲しいというのであれば、被災地に寄付などいかがか?」

「寄付……ですか?」


 そういえば、考えた事がなかった。


「多くの感謝を得られ、クランの名前も、個人の名前もあがる。クリーンなクランとして企業の目にもまる。とてもコストパフォーマンスが良い手ではある」

「は……はは……」


 何とも、越田さんらしい言い方だ。

 このレンタルルームという空間でなければ、決して言ってないだろう言葉に、俺は苦笑する。

 しかし、そんな越田さんに、誰も文句はないようだ。

命謳ウチ】のメンバーからも特に負の感情も見られない。


「無論、偽善だとか、自己満足だとか言ってくるやからもいるでしょう。だが、しない善よりする偽善……私はそう考えます。あ、節税にもなりますよ」


 途中まで格好良かったのに、最後で越田さんが出てくる。

 まぁ、これは彼なりの優しさ、アドバイスなのだろう。

 クランの在り方として、一つの選択肢を見せてくれるのは本当にありがたい。


「時に伊達殿」

「え、何でしょう?」

「【ポット】の傘下クランの件、お受けになるつもりで?」

「えっと……一応条件というか、契約内容を見た上でですが、前向きには考えています…………って、こういうのって話していいんでしょうか?」

「はははは、この場に限り……大丈夫だとは思いますが、確かにもう少し悩むべきでしたね」


 やはりか。

 どうも俺にはそういった腹芸とかは難しいんだよな。

 今日も、川奈さんと四条さん、そしてたっくんが契約を精査してくれるらしいが、口頭ともなれば俺の出番も多い。

 しかも相手は米原さん…………うーむ、警戒しなくては。


「ククク、そこまで心配なさらずとも、【ポット】は【命謳】有利の条件を提示してくるでしょう」

「え!?」

むしろ、向こうから上納金の提示まであるかもしれません」

「ど、どうしてそう思うんですかっ!?」


 俺は、いつの間にか越田さんに肉薄してした。

 この質問に、越田さんは目を丸くし、ずれた眼鏡をクイと上げてから言った。


「どうして……と言われてもね。『私ならそうする』としか答えられませんよ」

「越田さんが……?」

「今、世間の目は【戦神】となった【インサニア】の番場ばんばあつし殿に向いている。しかし、私と米原殿はそんな事気にしてもいない……と言ったら驚かれますか?」

「驚いてます……凄く」


 俺の言葉に越田さんは苦笑し、補足のように教えてくれた。


「世間は知りません。伊達殿がどれだけの時間で今の場所にいるのかを」

「今の……場所?」

「苦節3年、でしょう?」

「…………俺の天恵の……発現ですか?」

「その通り。しかし、そこからたった数ヶ月でSSダブル相当のモンスターを倒せるようになった。これは番場殿にも出来る事ではありません」


 なるほど、俺の成長速度を考えると、大手クランの代表としては、【インサニア】より【命謳】を選ぶのは必然という事か。


「まぁ、あのお転婆姫が【命謳】を選ぶ理由は、それだけではないようですが」


 そう言って、越田さんはニヤリと笑ったのだった。

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