第238話 ◆カシャン
◇◆◇ 9月28日 15:30 ◆◇◆
渋谷にある飲み屋街。
とあるバーから出て来た二人の男。
「はっはっはっは、編集長! もう一軒! もう一軒行きましょうっ!」
昼間から酒を飲み、気が大きく、恰幅のいいこの男の名は、【
【
「がははははっ! いいね! たっちゃんのお金で行っちゃおう!」
そして、その隣で佐々木と同じく嬉しそうな表情をする眼鏡の中年男――【
「いやいや! 編集長だって今回はかなりインセンティブ出るんでしょっ!? 編集長のお金で行こうよっ!」
「いやいやいやいや! たっちゃんの特別功労賞凄いでしょ!? たっちゃんのお金!」
「仕方ないなー! それじゃあ割り勘で行きましょう! 割り勘!」
「よしきた! それなら朝まで行こうっ!」
「ははははは! まだ昼っすよ、編集長っ!」
そう言いながら、佐々木と森は肩を組む。
そして、二人は居酒屋に入り、再び酒の席につく。
「【命謳】
「はい! あれはベストショットでしたよ!」
「たっちゃんのおかげで今週号は増刷決定! 勢いから見て前号の12倍だって! いや~、印刷所を待たせた甲斐があるってもんだよね!」
「でもいいんですか? あんな攻めた記事にしちゃって? 【命謳】に訴えられでもしたら……」
佐々木がそう言うも、編集長である森が
「訴えられて負けたところで、ウチが【命謳】に支払う額なんてたかが知れてんの! その間にこっちがそれ以上に売れればいいんだよ!
「はははは、どうしてそう思うんすか?」
「訴えられたらそれでまた一本ネタが出来るだろ? そしたら裁判ネタで部数もアップだよ! がははははっ!」
「流石編集長っ! 筆を持たせたら敵はいないっすね! はははは!」
「ペンは剣より強しってな! 【命謳】が怖くて記事が書けるかよ! がははははっ!」
そんな二人の耳に、聞きなれない音が届く。
カシャン、カシャンと鳴る異音に、二人は首を傾げる。
「今、何か聞こえたか?」
森が佐々木に聞く。
「何か変な音でしたね。こう……カシャンって」
「やっぱりたっちゃんも聞こえた?」
「ま、どっかで馬鹿がふざけてるんでしょ。それより編集長、もう一軒行きましょっ!」
「いやいや、まだこのお店で飲めるじゃない?」
「何言ってるんですか! いつまでもこんなむさ苦しい男とだけ飲むつもりですかっ?」
そう言って、佐々木は自分を指差す。
その意味を知った森は、ニヤリと笑い、佐々木に言う。
「たっちゃんも好きだねぇ~。それじゃ、ちょっとトイレ行って来るから、その後……ね?」
「はははは! お待ちしてますよ、編集長っ!」
森がトイレに向かう中、再び佐々木の耳に異音が届く。
――――カシャン、カシャン。
まるで、刀の鍔を親指で押す――そう、
首を
「……あれ?」
ビールジョッキを持つ手が震えている。
寒くもなく、そこまで酔っている訳でもない。
気分の高揚が起こした不調とも言えない。
佐々木はビールジョッキをテーブルに置き、自身の手を見る。
「あれ?」
いつの間にか両手が震えている。
――――カシャン、カシャン。
再び聞こえる異音。
先程より大きく聞こえるその音に、佐々木は周囲を見渡す。
「あれ? ……あれ?」
肩が震え、悪寒が走る。
フルフル、カタカタ、ガタガタ……両肩を抱え、歯がガチガチと鳴り始めるまで、そう時間はかからなかった。
「へ、へへへ……な、何だこれ……!?」
――――カシャン、カシャン。
急に、その異音が耳元で鳴った気がした。
「わぁ!?」
立ち上がり、悲鳴に近い驚きを零す佐々木。
――――カシャン、カシャン。
鳴り続ける異音。
発信源は右から、左から、上から……そして、真後ろから。
――――カシャン、カシャン。
「ひっ!?」
壁を背にし、佐々木は震えながらスマホをとる。
トイレに行ったっきり戻って来ない編集長、森に連絡を入れたのだ。
――――カシャン、カシャン。
昼間、居酒屋、渋谷……怖がる要素などないはず。
しかし、周囲の喧噪の中から、際立って聞こえるその音に、佐々木は電話が繋がらぬ森に苛立ちを見せる。
「くっ……くそ!」
佐々木は自身のバッグを抱え、そそくさとその場を後にする。
森を店に残し、帰路につく佐々木。
――すみません、体調が悪いので先に帰ります。支払いは後日。
それだけ森にメッセージを残し、佐々木は電車に乗り、最寄り駅まで着いた。
その間、先程の異音が聞こえる事はなかった。
ホッと一息吐き、それでも
佐々木の家――2階建ての木造アパート。
古い賃貸ながらも、佐々木が愛着をもって住んでいる家である。
遠目に家を捉え、佐々木からようやく笑みが零れる。
100m、80m、50m……もうすぐ我が家。
息切れしながらも、家に急ぐ佐々木。
残り30mというところで、佐々木の足が止まる。
――――カシャン、カシャン。
それを聞き、間もなく家だという佐々木の足は動かなくなってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
フルフル、カタカタ、ガタガタ。
先程の震えが帰ってくる。
動けぬ佐々木が選択したのは、手に持つスマホ。
編集長、森からの返事はない。
既読すらつかない。
怒りの電話も、メールも、佐々木には届いていない。
――――カシャン、カシャン。
……また、音が鳴った。
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