第237話 ◆鸞丸

 ◇◆◇ 20X0年9月28日 11:30 ◆◇◆


天才の武具道ジニウェイ】八王子支店にやって来た玖命一行もといクラン【命謳】。

 その堂々たる佇まいに、かつて二度も玖命を担当した店員が息を呑む。

 玖命の姿、名前、その視線は今や世界的に有名な程。

天才の武具道ジニウェイ】の店員とてそれは理解していた。

 そして、これからも得意先になるであろうクラン【命謳】に、深々と頭を下げる。


「い、いらっしゃいませ!」


 もてなしよりも恐怖の色が強い店員。

 それは自分自身にも理解出来ないものだった。

 自然と目が泳ぎ、身体が震え、その場から逃げ出したい気持ちが溢れ出る。

 そんなプレッシャーに気付いたのか、玖命の隣にいた川奈が言う。


「伊達さん、どうどうです!」

「え、どうしたんです?」

「店員さん怖がってますよっ! はい、笑ってくださいっ!」

「こ、こう……かな?」


 強張った表情の玖命が笑おうとも、


「はい、もっと怖くなりましたねっ!」


 川奈のイメージには全く届かない。


「受け取りお願いしてた【命謳】です。きゅーめー……あ、伊達玖命と川奈ららの装備をお願いします」


 玖命と川奈が話している合間に、四条が店員を急かす。


「は、はい! かしこまりましたっ!」


 四条は、それが最善だと判断したからである。

 そそくさと奥に向かう店員を見送る【命謳】のメンバーたち。

 そして、別の事に意識を向けさせるため、四条が山井に言う。


「そういえばさ、山じーの双剣って名前あるの?」

「ん? こやつらか?」

「そう、そやつら」

「以前はプラチナクラスの【干将かんしょう】と【莫耶ばくや】を使っていたが、今はこの【虎王こおう】と【龍王りゅうおう】じゃな。どちらもミスリルクラスじゃ」

「防具は手甲てこう脛当すねあてだけなんだ?」

「腹巻がアーティファクトでな【頑強C】が入っとる」

「すぐ破けないの?」

「Sランク以上のアーティファクトは特殊でな、少しの傷であれば修復してしまうんじゃよ」

「へー、知らなかった」

「大きく損傷した場合は、魔石を消費して修理が可能じゃ」

「それってやっぱりSランク以上の魔石って事?」

「んや、修理に使われる魔石はBランク以上でも可能……無論、消費する量はえぐいがのう」

「ふ~ん……」


 四条が次に向かう視線は、鳴神翔。


「鳴神ってナックルとか使わないんだな。攻撃力上がるんじゃね?」

「ぁあ? あんなもん使ってたらへなちょこパンチになっちまうだろうが?」

「うん、よくわからないや」


 笑顔で言う四条に、川奈が苦笑する。


「あ、俺様もセンパイと同じで腹巻はしてんな。とーぜん、【頑強】入りよ」

「ランクは?」

「…………Dだな」

「ふーん、それじゃ次の大きな魔石の使い道は、翔がいいかもな」


 四条がそう言うと、玖命がそれに同意を示す。


「確かに、翔は防具が少ないからそれはアリかもしれないね」

「お、おう? そうか? 悪ぃな」

「サタンのSSダブルの魔石はららの軽鎧けいがいに使っちゃったしな」

「あははは、まさかお父さんが買って私に渡すとは思わなくて、すみません」


 その言葉に、玖命がぶんぶんと首を横に振る。


「いやいやいや、川奈社長が買ってくれて【命謳】にお金が入って、その魔石の行く先は川奈さんでしょ? 正直凄い助かったよ」

「カカカカッ! しばらくは【命謳】の運営資金も潤沢だな」


 そんな翔の言葉に、四条がコクリと頷く。


「【命謳】の通帳、今とんでもない事になってるからな。まぁ、それで全員にミスリル装備買えたんだけどね。あ、それで? ららのショートソードは名前あるの?」

「ララです」

「ん?」

「オーダーメイドなので、私の名前なんです……へへへ」


 恥ずかしそうに言う川奈に、玖命と四条は見合い、ニコリと笑ってから、


「「そうなんだ」」


 と口を揃えた。


(俺、ミスリル装備一式揃えるだけでかなりのお金使ったけど、多分、総額はあのショートソードに届かないだろうなぁ)


 玖命は遠い目をし、


(金持ちってほんとわからねーな)


 四条はただただ目を細めていた。


「お、お待たせしました……!」


 桐箱を抱え、脂汗を額ににじませた【天才の武具道ジニウェイ】の店員がやって来る。その後、店の奥からぞろぞろと店員たちが装備を運んで来る。

 伊達玖命のミスリルクラスの軽鎧、手甲てこう脛当すねあて

 かつて装備していたゴールドクラス一式と同一シリーズの装備である。


「川奈様の大盾には【頑強A】、軽鎧には【体力C】の天恵を宿しております」


 その言葉に疑問を持った四条が山井に聞く。


「山じー、アーティファクトの天恵って、どうやって宿してるんだ?」

「魔石から抽出した液体は絶え間なく変色するんじゃ。赤から青、青から黄色とまぁ正に色々と変化するんじゃよ」

「ほうほう」

「特定の色になった瞬間、魔石から得たエネルギーを加えると、この液体の色が固定される。これに装備の素体を入れ、一定時間ひたす事で、アーティファクトが完成するという訳じゃな」

「つまり、液体の色によって宿る天恵が違うって事か」

「長年の研究で、ある程度の天恵の色は特定されとるからのう」

「ほえー」


 その話の直後、玖命から声が漏れる。


「おぉ……」


 桐箱から取った刀を持ち、抜刀。

 重花丁子じゅうかちょうじと呼ばれる、花が咲き誇るかのような複雑かつ繊細な乱れ刃の刃文。刀身は青白く発光し、ほんのりと玖命の顔を照らす。

 桐箱の隅に焼き印が捺され、そこには【鸞丸らんまる】と書かれている。


らん……確か鳳凰ほうおうの一種だとか、ひなとか言われてる青い鳥ですね」

「おぉ~……これはカッコイイですね」


 川奈が率直な感想を述べ、他の者もまた刀の神々しさに目を留める。カシャン、、、、という、重過ぎず、軽過ぎない聞き心地の良い納刀音。

 鸞丸を腰に携え、玖命は店員に礼を言う。


「ありがとうございました」


 言うも、店員の顔は引きっている。


「伊達さん」

「きゅーめー」

「「どうどう」」


 そう言って、玖命はまた恐ろしい作り笑顔を皆に向けるのだった。

 この後、向かうは渋谷の【東隠社】。

 玖命の玖命によるみことのための反撃が……今、始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る