第233話 1すくみ

 俺が3人にじーっと見つめられている中、それがいたたまれなくなったのか、月見里やまなしさんが立ち上がる。


「そ、それじゃあ、ここの支払いはいいからごゆっくり……あは、あははははは」


 そう言って、月見里やまなしさんは立ち去ろうとした。

 それを止めたのは守護神。


「いや、月見里やまなしさん。お金借りておいて借用書にサインしないのはダメだと思うんです」


 そう、伊達さんちのみことちゃん。


みこと……怖いぞ……?」


 四条さんが怯えている。

 しかし、こういう時のみことSSSトリプルモンスターより怖い。

 あの月見里やまなしさんが微動だに出来ない。

 当然と言えば当然かもしれない。潜り抜けている修羅場の数が違う。


「……そ、そうよね……」


 水出しコーヒーを飲んだばかりだというのに、乾いた唇。

 乾いた声……彼女が追いこまれているのが手に取るようにわかる。


「ボールペンです」


 俺は月見里やまなしさんにボールペンを手渡し、二枚の借用書にサインをさせた。

 一枚は俺、もう一枚は月見里やまなしさん用である。

 その二枚を並べ、俺はスマホで写真を撮る。


「そ、そこまでする……!?」

「そこまでするんだよ、伊達家はな」


 月見里やまなしさんの声に、ドヤ顔の四条さんが補足する。

 他の家ではこうしないのだろうか?


「それじゃあこれは月見里やまなしさんの分、これは俺が保管します」

「わ、わかったわ……」


 そう言って頷き、月見里やまなしさんはそそくさと喫茶店を出て行った。


「逃げたわね」

「逃げたな」

「まぁ、私たちは伊達さんの方が聞きやすいですからね」


 みことの視線、四条さんの視線、川奈さんの視線が順に向く。


「さ、さてと……俺もそろそろ帰るかな……」


 しかし、俺の隣にいた四条さんと川奈さんが微動だにしない。

 店内だろうと四条さんに触れでもすれば逮捕コースだ。

 その先には川奈さんがいる。今や押しも押されぬ実力者である。

 二人のファンクラブには、既に5桁以上の会員がいる。

 彼女たちを敵に回せば、俺は世界を敵に回す事になる。

 そして、正面にはみことがいる。

 ここで大きな騒ぎが起きれば、俺たちの正体がバレてしまうだろう。

 俺たちの正体がバレるという事は、一緒にいるみことの素性もバレる事になる。そうなれば……みことが世界に注目されてしまう!?

 芸能界……? アイドル? 俳優っ? スター!?

 どうしよう、スターダムを駆け上がる姿しか想像出来ない……!?


「お、お兄ちゃん……大丈夫?」

「あ、いや……うん。大丈夫」


 仕方ない。ここは嘘を吐かず本当の事を言うしかない。


「……実はね、先月の北海道での調査課からの依頼……月見里やまなしさんと一緒に行っただろう?」


 川奈さんは前日入り、みことと四条さんは翌日に来たのだ、知らない訳がない。

 3人は頷き、俺を見る。


「飛行機がファーストクラスでさ。飲み放題だから月見里やまなしさん沢山飲んじゃって、沢山お金を、、、、、使っちゃった、、、、、、んだよね。その立て替えを俺がしたんだけど、あの人、翌日が給料日だってのにお金がないっていうもんだから、今日まで待ってたんだよ……うん」


 ……ふむ、上手く言えたと思う。

 真実を見せずに嘘を吐かずに本当の事を言う。

 これが今の俺に出来る限界である。

 3人は俺の話を聞いた後、見合い……何故か四条さんと川奈さんはみことの方を見た。


「どうだ、みこと?」

「伊達さん、嘘、言ってます?」


 うそ発見器こと伊達みことさんは、俺の目をじーっと見た後、すんと鼻息を吐いた。


「嘘も真実も言ってない感じ」


 守護神には敵いませんでした。


「ま、その真実については触れない方が良さそうだな」

「え?」


 そう言って四条さんは背もたれに身体を預けた。


「伊達さんが私たちに隠すって事は相当な事でしょうし?」


 とぼけた様子で川奈さんが言う。


「いいわよ、お兄ちゃん。見逃してあげる」


 天は俺をゆるしたもうた。

 がしかし、ソレに代償はついてまわるものである。


「お兄ちゃんっ」


 やたら弾んだ声の妹が満面の笑みで俺を呼ぶ。


「きゅーめー?」


 この四条さん顔は、猫を被った時のアレだ。


「伊達さん?」


 あ、知ってる。これ、わがままを言う川奈さんの顔だ。


「私、ここのケーキセットがいいなぁ」

「私はフルーツ盛り合わせだな」

「私はアフタヌーンティーセットをお願いします」


 その多段攻撃に、俺は屈する他なかった。


「…………はい、喜んで」


 がくりと頭を落とした俺は、3人の弾んだ黄色い声に包まれながら、「こういうのも悪くない」と思う事にした。

 いや、思うしかなかった。


「アフタヌーンティーセットって何ですかっ?」

「待て、今調べてる……えーっとこの店のはケーキとかスコーンとかサンドイッチも入ってるみたいだぞ?」

「ここの焼きたてスコーンは美味しいんですよ~! 皆でシェアしましょうっ!」


 ケーキセット3000円。

 フルーツ盛り合わせ4200円。

 アフタヌーンティーセット7700円。

 おかしい。俺は今日ここにお金を回収しに来たはずなのに……財布の中身が減っている? 何だろう、このデバフ攻撃は?

 精神汚染系の魔法でも掛けられてしまったのだろうか。

 そう思い、現実逃避に窓の外を見る。

 乙女3人と俺。

 はたから見れば、何とも恨めしい構図かもしれない。

 勿論、俺は違う。

 しかし、世間は基本的にはたから見る者がほとんど。


 ――俺が窓の外にパパラッチカメラマンがいた事に気付いたのは、翌日の事……そう、月刊Newbie10月号の発売日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る