第224話 ◆奇跡の一枚

 ダンジョン破壊の報は、クラン【命謳めいおう】の玖命から天才派遣所へ、天才派遣所から各メディアへと流れた。

 KWN堂本社からその連絡を受けた月刊Newbieニュービー御剣みつるぎ麻衣まいは、凄惨な現場を後にした。

 交代でやって来た記者に後を任せ、元の仕事へと戻るためである。


「――今回の事は、上層部も大いに評価している。査定にも十分反映させるとのお達しだ」

「「ありがとうございます」」


 御剣と堀田の上役――キャップとデスクを前に二人が反応する。


「ただ、こちらに相談なく動いた事は、問題視もしている。その事は努々ゆめゆめ忘れる事のないように」

「「はいっ!」」


 二人はそう返事し、御剣の机までやってくる。


「いや~、思った通り、あんま怒られなかったっすね」


 堀田の言葉に、御剣が言う。


「あんなのただのポーズよ。ホントは手放しで喜びたいけど、下への示しもつかないしね」

「うわぁ、流石御剣さん……お見通しですね」

「いいのよ、そんな事は。別に私は上にいきたい訳じゃないから」

「え、そうなんですか?」

「堀田くん、今回の【命謳】見て心躍らなかった?」

「そりゃすげーってなりましたけど」

「私は、あれが好きなの。あれと出会うために生きてるみたいなものなの」

「な、なるほど」

「それじゃ、今日の取材まとめちゃおっか」


 御剣がそう言うと、堀田が思い出したように間の抜けた声を出す。


「あ」

「…………な、何よ?」

「そうだ、【命謳】の全体写真……」

「全体写真がどうしたのよ?」

「僕、あのサイレンに驚いて、カメラ落としちゃったじゃないすか」

「堀田くん、カメラマンがカメラ落とすとか落語にもなりゃしないわよ?」

「いやいや、仕方ないじゃないですか。あのサイレン鳴った時、全員の空気? 気迫みたいなのがぐわーっときて、びっくりしちゃったんですよ」

「まぁ、あれは流石歴戦の天才って感じがしたわね」

「【命謳】は新人枠なんすけどねー……」

「そういえばそうだったわね。まぁいいわ、とりあえず今ある写真見せてくれる?」

「はい、パソコンに繋ぎますね」


 そう言いながら、堀田は慣れた手つきでカメラのデータを御剣のパソコンと繋ぐ。

 表示された玖命の顔を見、一瞬固まる御剣。


「…………ふ、ふ~ん、良く撮れてるじゃない」

「御剣さん、今、顔赤いっすよ」


 堀田の横目に、御剣が反応を…………しない。


「…………さて、他のメンバーは~?」

「ま、後で、もっと恥ずかしい事になりそうっすけど」

「……ん? それ、どういう事?」

「御剣さん、オンエアぼかし、、、無しでしたよ」

「はぁ!? ……くっ、仕方ないか……」


 驚きを見せるも、その業界をよく知る御剣はただ額を抱えるにとどまる。


「そうっす、そういうもんすから」

「で、でも、あの時の映像はないわよねっ?」

「あの時?」

「わ、私が伊達くんに助けられた……やつ?」

「何で疑問形なんですか……まぁ、あの時は僕もカメラブラしちゃいましたからね」

「うん、そうよね!」

「あ、でも、あの時の声はバッチリ入ってますよ?」

「あの時の……声?」


 御剣が小首を傾げると、堀田はカメラの映像をパソコンに映す。

 そこには、カメラが捉えたサタンが迫る瞬間が撮影されていた。


「……よく生きてたわよね、私たち」

「この人のおかげっす。ホント感謝しかないす」


 言いながら、堀田は映像を一時停止し、射線でしか捉え切れていない玖命を指差す。


「この後すね『あの時』」


 言うと、堀田は再度映像を再生する。


 パソコンから流れ来る玖命の声。


『まったく……邪魔はしないって話じゃありませんでした?』

『はぃ…………ごめんなさぃ…………ぁ…………ありがとう……ご、ございます……』

面目めんぼくないっす……』


 また一時停止する堀田。

 そして、ニヤニヤとした表情で言う。


「『あの時』っす」


 両手で顔を覆う御剣が堀田に何も言い返せない。

 ただ顔を真っ赤にし……唇を噛みしめる。


(これは記者じゃない……完全にオンナの声じゃないのっ!)


 そんな御剣に追いうちをかけるように堀田が言う。


「因みにこの後、この女性、、は――」

「――ワタシ、、、が何?」

「何事もなかったかのように振舞って、最終的には『ファンとか出来るでしょうね……』とか、『……彼には、スター性はないけれど、どんなスターも現場の彼には敵わない気がするわ』とか冷静に分析してます」

「ぐぅううっ!?!?」

「全国、いや、全世界に羽ばたいた映像です」

「もうわかったわよっ!」


 そう怒るも、御剣と堀田がいるのは職場。

 周囲の視線に押し黙る他なかった御剣は、再び【命謳】の写真確認へと戻る。


「川奈らら、鳴神翔、山井拓人……全員ホンモノだったわね」

「そうっすね。これまで撮った天才が霞んで見えるレベルっす」


 ようやく仕事モードに戻った御剣が、全員のバストアップを見た後、まだ次がある事に気付く。

 そう、最後の一枚に気付いたのだ。


「堀田くん、まだ一枚あるみたいだけど?」

「うぇ? バストアップ以外にシャッター切ってないっすよ?」


 そう言われ、御剣は堀田と顔を見合わせ、最後の一枚を見てみる。


「あ、カメラ落とした時に、シャッター押されちゃったのか」


 そこには上下逆になりながらも、【命謳】の5人を映す写真データがあった。

 御剣はじっとそれを見、思いつくがままにパソコンを操作する。


「……反転?」


 写真データの上下を反転させてただし、ニヤリと笑う御剣。


「サイレンが鳴った時の……天才が、人から天才へと変わる瞬間……!」


 カメラ落下直後のタイミング。

 あおり、、、の構図で撮られた写真に写る――クラン【命謳】。


「鳴神の顔と山井さんの顔……完全に鬼っすよ、見下す構図になっちゃってるから、完全に鬼、うん鬼」

「内に映る川奈と四条も良いわね、スカートの際どさも絶妙で、下から見たらより煽情的で……二人共十代に見えないわよ」


 御剣がそう言った後、二人の声が揃う。


「「何よりこの伊達玖命……!」」


 そう言い合い、二人はニヤリと笑って互いを見る。


「世界を統べる魔王っすよ、これっ!」

まさいただきの王者っ!」


 パソコンに映る奇跡の一枚を指差し、二人は言った。


「御剣さん、これいけますよっ!」

「当然じゃない! すぐに【命謳】に確認とって、掲載許可もらうわっ!」


 これが、後に【天才の証明】と題した月刊Newbie10月号の表紙を飾り、クラン【命謳】のホームページにもデカデカと載る事になる……奇跡の一枚である。


 ――その事をまだ、代表の玖命は知らないのだった。

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