第223話 ◆第3段階2

 天恵【考究】は【討究】へと成長し、玖命の前にルシフェルが膝を突く。

 その異様な光景に、山井に肩を貸す川奈が目を見張る。


(これまでも、伊達さんの成長をそばでずっと見てきたけど……今回の成長は、これまでの比じゃない……! 近くにいるのに、そうでないような……あの強さ……)


 川奈がゾクリと肩を震わせる。

 すると、隣にいた山井が反応を見せたのだ。


「怖い……怖いのう、ららちん」

「や、山じーさん!? だ、大丈夫ですかっ?」

「ほっほっほ……大丈夫じゃ。がしかし、玖命の成長を間近で見て思う。我らが代表ながら、何と恐ろしい男よ……!」


 山井が見据える先の玖命は、先程とは違い、ルシフェルを見上げず、見下ろしている。


「この一戦で立場が逆転……玖命を前にすれば、それを覚悟で戦いに臨む他ない。玖命の天恵も勿論だが、あの学習速度は反則じゃろうに」


 ニヤリと笑い、川奈に問いかけるように言う山井。


「でも、代表が伊達さんだから、私たちはその道を歩けるんです……!」


 力強く言った川奈に、山井がいつものように「ほっほっほ」と笑う。


「見てください」


 川奈が指差す方は、玖命がいる場所でも、ルシフェルがいる場所でもない。

 瓦礫に埋もれた一点。


「あいや……後輩……」

翔さん、、、も、同じ気持ちみたいですね」


 先程まで立っていたなか指は拳にしまわれ、ただ親指が天に向かって立っている。


「ん~? ……ららちん?」


 山井が目を細め、翔を見ながら川奈に言う。

 そして、川奈も気付くのだ。

 いつの間にか翔の親指が、大地に向かって伸びていた事に。


「……『ぶっ潰せ』って言ってますね」


 指の動きで、翔の意図を察した川奈は苦笑しながらも、再び玖命を見る。


「では、儂らも……」

「えっ? あはは……はいっ!」


 そんな川奈の快活な返事に玖命も気付く。

 翔の親指が大地に、山井の親指が天から大地に、川奈の親指もまた……。

 そんなクラン【命謳】の激励に、玖命は苦笑する。


(………………テレビ映ってなくて良かった。ホント。四条さんなら……いやぁ? 四条さんもノリノリで『ぶっ潰せ! きゅーめー!』とか言いそうだ……)


 自身が代表を務めるクランとそのメンバーに対し、不安を覚え、後悔し、溜め息を吐く。


「まぁ、仕方ないか……」


 言いながら、玖命が腰を落とす。

 見据える先には、SSSトリプルを冠したモンスター【天使長ルシフェル】。

 怒りに震えながらも、その脚は思うように立ち上がらない。だが、玖命はルシフェルの戦闘準備を待った。

 ただただ、静かな瞳を宿し、心を落ち着かせ、冷たく言い放つ。


「来い……!」

「オォオオオオオオオオッッ!!!!!!」


 かつてない程、冷静な玖命。

 対し、身体を奮わせ、最後の咆哮をあげるルシフェル。


「集中……集中だ……!」


 拳を振り上げ、血塗れの翼を羽ばたかせ、ルシフェルが駆ける。

 音よりも速く迫るルシフェルを前に、玖命は目を瞑り、微動だにせず、その時を待った。

 開眼と同時、ただ身体のままに動く玖命に、川奈が言う。


「綺麗……」


 一切の無駄を削ぎ落とした玖命の一撃は、ルシフェルの攻撃を縫うようにかわした。


「おぉ……!」


 歴戦の強者、山井拓人の目をもってしても、その動きは、ルシフェルを透過したかのように見えた。

 翼が舞い、羽が散る。

 降り注ぐ鮮血、零れ落ちる命。

 倒れるルシフェルと、役目を終えたかのように砕け散る嵐鷲あらわし

 戦闘が終わったと認識するには、余りにも一瞬の出来事だった。

 ほっと一息吐く玖命が、皆に言う。


「……皆、お疲れ様……」


 全員が全員、満身創痍。

 そんなボロボロの状態で、連戦に次ぐ連戦ながらも、クラン【命謳めいおう】は日本有数の窮地を……人知れずに救った。

 玖命はそれを理解していたからこそ、最初に皆への労いの言葉が出たのだ。

 最大の功労者は伊達玖命。

 それは川奈と山井も理解している。

 しかし、理解しながらも、二人は【命謳】の仲間である事を選ぶ。


「はい、皆さん頑張りましたっ!」

「ほっほっほっほ、皆頑張った。それがいい……それでいい……うん」


 そんな二人の言葉に、玖命の顔が綻ぶ。

 そして、思い出したかのように口を開けるのだ。


「あ」


 直後、玖命は跳び、クランメンバーの中で唯一意識があるようでない漢の前に着地する。


「翔、大丈夫か?」

「……………………………………おふ」

「ホント、川奈さんの言う通り……凄い顔だな」

「……ぉ?」

「わかったよ、ほら」


 そう苦笑しながら、玖命は翔を起こしながら回復魔法をかける。

 皆が集い、互いを労う。

 回復魔法が全員に行き渡ると、大きく溜め息を吐く玖命に皆が首を傾げる。


「ぁん? どうしたんだよ、ヘッド

「大金星に似つかわしくない表情じゃな」

「伊達さん……?」


 そんな皆の心配に、玖命は心の内を吐露とろする。


「俺の……」

「「俺の?」」

「俺の装備……今日だけで全部壊れた……」

「「あー……」」


 皆の反応はそれだけだった。

 それ以上の言葉は玖命には向けられず、玖命以外の仲間に向けられた。


「あんだけKWNカウンから契約とってまだあの貧乏性は直らねーのか?」

「仕方ないじゃろう。グッズ化するTシャツを3000円にしただけで気絶しそうになる男なんじゃぞ?」

「あれは伊達さんの良いところとも言えますから……はははは」


 そう言い合い、皆は落ち込む玖命を見る。


「99万円、99万円……500万円……!? み、みことに何て説明すれば……!? 待て、嵐鷲以上の刀を買わなくちゃいけないのか!?」


 頭を抱え、ブツブツと呟く玖命を、皆がくすくすと笑う。

 そして、698万円の出費で嘆く玖命の横で、


「なーセンパイ?」

「何じゃ後輩?」

SSSトリプルの魔石ってどんくらいすんだ?」

「最後に市場に出たのが12、3年前。価格は……日本円にして5200億とかそんくらいじゃなかったかの?」

「でも、それってオフィシャルなルートだけの話ですよね?」

「無論じゃ、SSSトリプルの魔石を金持ちだらけのオークションにでも出せば、軽く【兆】の桁に乗るじゃろ」


 そんな規模の違う話をしていた。

 そして今一度玖命を見て、皆が顔を見合わす。


「とりあえず、ヘッドはアレだな」

「Tシャツを3500円にするあたりから様子でも見るかの?」

「伊達さんには、それがちょうどいいかもしれませんね」


 そうまとまり、クラン【命謳】のダンジョン侵入は幕を閉じたのだった。

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