第207話 ◆その夜2

 玖命がクランメンバーとToKWトゥーカウのグループトークをしている頃、伊達みことは、父、一心いっしんの部屋を訪れていた。


「お父さん、ちょっといい?」

みことか、ちょうど来る頃だと思ってたよ。入りなさい』


 扉の奥にいた一心はみことの来訪を予期していた。

 それを知ったみことは口を結び、一心の部屋のドアを開ける。

 パタンとドアを閉め、一心を見るみこと


「えと、何でわかったの?」

「私はお前の父親だぞ? わからないというのが無理な話だ」

「それってやっぱり……」

「あぁ、玖命の事だろ?」


 一心の言葉が全てだった。

 みことはコクリと静かに頷く。


「そこに」


 一心にそう言われ、みことは一心の机の前にある椅子に腰かける。

 一心は正面にあるベッドに腰かけ、みことを見る。


「何だ? 借金生活が終わったっていうのに浮かない顔じゃないか」

「それは……お父さんもでしょ」

「まぁな、それは否定出来んな。はははは」


 一心は恥ずかしそうに頭を掻き、苦笑した。


「さっきの夕飯、何だかぎこちなかったなーって」

「そりゃ、祝いたい気持ちと、祝いたくない気持ちがあったからだろうな」

「そ、そんな事……! いや……うん……祝いたくない気持ちがなかったと言ったらウソになるかも……」


 そんなみことの言葉に、一心がくすりと笑う。


「それが普通だよ」

「でも、それが何でなのか……」

「玖命が……足を止める訳にはいかないからだろうな」


 そう言われ、みことは目を丸くする。

 一心の言葉がスッと頭に入り、また口を結ぶ。


「祝ったら玖命が次のステップに進んでしまう事を理解してたんだろう?」

「……ん…………そうかも」

「天才の仕事は危険ばかり。今まで以上の危険が玖命を襲う。そんな事考えたら……私だって祝える訳がない。ここで終わって欲しいと願うのが普通だよ」

「……うん」

「だけど、玖命は足を止めないよ」


 そう言われ、みことは少し困惑した様子で一心に聞く。


「……何で?」

「私が育てたから」

「それ……答えになってないよ」

「はははは、まぁ半分は私のせいかもな。玖命は昔からそういう気質だし」

「だから……答えになってないって……」

「じゃあ、みことが知ってる玖命ならどうだ?」

「だってお兄ちゃん……無鉄砲だし、抜けてるところあるし、何より真っ直ぐだし……」

「そういう事だ」


 一心が微笑み言う。


「そういう事って……」

みことが知ってる玖命が足を止めないのなら、私の知ってる玖命も足を止めないよ。私たちは家族で、何より玖命と足を並べて歩いて来たんだから」

「……そっか……そうだよね……」

「でも、これからの玖命は違う」

「……え?」

「アイツはこれから、ようやく自分のために走り始める事が出来る。それが、みことが借金完済を心から祝えなかったもう一つの理由だ」

「……そうかも」

みことは昔からお兄ちゃん子だったからな、はははは」

「そ、そういうのは今関係ないでしょっ!」


 みことが怒るも、一心はいささかも命から目を離さなかった。


「玖命が手の届かないところに行ってしまうかもしれないという不安はわかる。私もそう思う」

「…………放っておいてやれって言うんでしょ? わかってるよ、それくらい――」

「――いや」


 一心の否定に、みことは小首を傾げる。


「これから、玖命はもっと大変になる」

「な、何で……?」

「有名になる事で付きまとうモノが沢山ある。誹謗中傷、妨害、暗殺、闇社会からの圧力。例を挙げればキリがない。そのどれもを玖命が乗り切れると思うか?」

「お兄ちゃんなら……」


 そう言いかけただけで、みことの言葉は詰まってしまう。


「そうだ、玖命がいくら強くなっても、心はたった一つ。それが壊れてしまってたらどうする?」


 そんな一心の言葉に、みことの瞳が潤む。


「そんなの……絶対嫌……!」

「だから、私たちがいる。だろう?」

「っ!」

「これまで私たちは玖命におんぶにだっこだった。まぁ、これからもそうかもしれんが、それを良しとする私でもない」

「…………そうだね。お父さん、大黒柱だもんね」

「だから、これからは伊達家で玖命を助ける。玖命にも友人がいる。相田さん、水谷さん、川奈さん、四条さん、鳴神くん、山井殿……でも、彼らではサポート出来ない事もあるはずだ。玖命が帰る家はここだ。それだけは変わらない。だから、私たちは私たちで出来る事をする。わかるね、みこと?」


 一心の本心とその心根こころねに、みことはただ頷く事しか出来なかった。


「……ぅん」

「玖命のおかげで私の出世も決まった。親としては情けないが、それを息子に返せない程、私も馬鹿じゃない。これからは私たちが玖命に寄り添い、助ける番だ」

「うん……栄養一杯のご飯作る……!」


 そう言って、みことは目に溜まった涙を拭う。


「ははは、それでいい。でも、何よりも勉強が優先だからな」

「それくらいわかってるよ。この前の期末テストだって学年3位だったんだから」

「やれやれ……ウチの子供は優秀過ぎるなぁ」


 そんな一心の言葉を横目に、みことが部屋のドアを開ける。廊下から漏れるライトに照らされ、みことが一心に言う。


「お父さん、ありがとう」

「そう思うなら、明日は国産牛にしてくれ」

「ふふふ、タイムセールで見つけたらね」


 そう無邪気に笑い、みことはパタンとドアを閉める。

 部屋の天井を見上げ、一心が呟く。


「タイムセール通いは変わらなさそうだな……」


 呆れつつも、顔には笑みがともる一心だった。

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