第205話 完済

「お、帰ったか、きゅーめー」


 伊達家の玄関で、最初に迎えてくれたのは、四条しじょうなつめだった。


「KWNの3社とTLEから、契約書届いたぞ。後はきゅーめーがサインするだけ。今月末に契約金と来月の月額報酬が支払われるってさ」


 そう言いながら、四条さんは4枚の封筒をヒラヒラさせて俺に見せた。


「扱い! 雑っ!?」

「そうか? で、今日はどうだったんだ?」

「え? えーっと……Sランクのダンジョンボスを……倒しましたかね?」

「へぇ、やるじゃん。TLEも、もう少し早く【命謳めいおう】と契約してれば、Sランクの魔石ゲット出来たのにな」

「やっぱり、契約締結してたら買ってましたかね?」

「買わない手はないだろ。派遣所が市場に流す前に買えるのは、クラン契約の強みなんだから」

「そ、そんなものですか」

「Sランクの魔石っていったら、1億以上だったろ?」

「そうですね」

「あれが市場に流れると5億には化ける。SSダブルなんて数十億レベルだ。過去、SSSトリプルの魔石が流れた事があったけど、あれは確か……5000億とかになったんじゃなかったか?」


 世界って恐ろしい。


「まぁ、それはいずれきゅーめーも手に入れるだろ」

「え、そうなんですか?」

「………………ま、それがお前のいいところだよな」

「は、はぁ……?」

「要するに、月末には契約が始まって、伊達家も借金とおさらばって訳だ。みことも一心さんも喜ぶだろ……ん? 待てよ? 今日、Sランク倒したんだっけ?」

「そ、そうなんですよね」


 そう言って、俺は荷物を玄関に置いた。


「……値札の付いたボストンバック。この重さ……おい、まさかきゅーめーお前……?」

「いやぁ、振込って事も考えたんですけど、処理に時間かかるかなーと、持って帰って来ちゃいまして」

「アホだ、アホがここにいる……」

「い、いや! 今日中に返したいじゃないですかっ!」

「その気持ちはわかるけどさ……ははは。ま、みことにも怒られるんだろうな、きゅーめーは」

「くっ……そ、それは考えてなかった……」

「それじゃ、私が夕飯作っててやるから、きゅーめーはそれ持ってみことを迎えに行きがてら返済して来いよ」

「えっ!? いいんですかっ!?」

「サインしてからな」


 そう言われ、俺はとんでもない金額が書かれた計4枚の契約書に、自分の名前を書いていった。

 震えて字がへなへなになってしまったのを、四条さんに笑われてしまった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 その後、四条さんが連絡をとっていたみことと合流し、事情を話し、怒られ、注意され、呆れられ、労われ、喜ばれながら、借入している銀行にまで走った。

 窓口の受付ギリギリだったが、何とか返済を終え、俺たちはスキップしながら家路についた。


「お、帰ったか、きゅーめー、みこと


 本日、二回目の四条さんからの挨拶。


「どうだった? 間に合った?」


 俺とみことは互いを見合い、そして四条さんに向かってVサインを送った。


「おー、お疲れ。頑張ったじゃん、二人共。勿論、一心さんもな」


 そう言って、四条さんはキッチンへ目をやった。

 そこでは料理に悪戦苦闘している親父の姿があった。


「し、四条さんっ!? 何か、油が跳ねるんだけど!?」

「一心さん! 水を完全に拭いてからって言いましたよねっ!?」

「そ、そうだっけ!? あ、玖命、みこと! お帰り! 今日は私と四条さんがご飯作るからな!」


 そんな親父と四条さんの背中を見つめ、俺とみことがくすりと笑う。

 次第に焦げくさにおいが充満し、結局、親父はリビングの定位置で食器を並べていた。


「お茶漬けとか納豆は得意なんだけどな……」


 そんな泣き言を横目に、俺は盛り付けを担当していたのだった。

 食事の最中、みことは思い出したように銀行窓口での話をした。


「そうそう、私、ビックリしちゃった。返したばかりなのに、銀行が『また借りませんか』って!」


 その言葉を聞いた四条さんと親父が見合い、くすりと笑う。


「そりゃ、こんだけ返済能力があれば、銀行としては沢山貸したくなるだろう」

「銀行も馬鹿じゃないからね。短期間の返済で伊達家ウチ……主に玖命の収入に気付いたんだろう」

「そういう事か。お兄ちゃんが稼げるようになったから、群がってるだけか」


 みことの言い方が少し怖い気がするが、確かにそういう考え方もあるのか。


「私も部長になるしな! 信用上がるぞっ!」

「来月ね」

「ぐっ、そ、その通りです……」

「親父、昇進おめでとう」


 俺はそう言って、おかずの生姜焼きを一枚親父の皿に載せる。


「おぉ?」

「おめでとうございます」


 四条さんがそれに続き、


「おぉ!?」

「おめでと」


 みことも最後に生姜焼きを皿に載せる。


「おぉおおっ!? ふっ、見たか玖命! これが親父の背中だ!」


 立ち上がって見栄を張る親父に向かい、


「まぁ、頑張ったよ、うん」

「そうだね」


 俺とみことが一言労う。


「お、おう…………そうだな。皆、お疲れ様だ……うん」


 親父もそれ以上は言わず、座って生姜焼きを嬉しそうに頬張った。

 そんな空気を変えようとしたのか、四条さんが俺に言った。


「あ、そうだ、きゅーめー」

「ん? どうしました?」

「【月刊Newbieニュービー】から【命謳めいおう】宛てに取材依頼があったぞ」


 そういえば、そんな問題が残っていたな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る