第199話 ◆【命謳】始動1

 ◇◆◇ 20XX年9月15日 10:00 ◆◇◆


「おっしゃ玖命ぇ! 今日もみっちりやんぞ、おら!」

「ほっほっほ! 玖命のおかげで、手も回復したしの!」

「伊達さん! 私も準備ばっちりですよっ!」


 八王子駅に集合した鳴神なるがみしょう山井やまい拓人たくと川奈かわなららが、玖命の前で意気込む。

 いつもの流れならば、翔がランニング、山井が素振り、川奈がモンスターノックである。

 しかし、玖命はそれを止めざるを得なかった。


「今日からもうそれナシです」

「はぁ!?」

「何でじゃぁ!?」

「伊達さん、もしかして病気ですかっ!?」


 そんな川奈の言葉に、玖命が宙を見る。


(川奈さんの指摘がとても辛辣しんらつに聞こえるのは気のせいだろうか……いやぁ、あれは本気で心配してる顔だ)


 川奈の表情を見、諦めがついた玖命がすんと鼻息を吐いてから言う。


「今日から、皆で討伐リソースを稼ぎます」

「とーばつ?」

「「りそおす?」」


 翔、そして山井と川奈が首を傾げる。


(川奈さんは可愛いのだが、たっくんは何か違う)


 そう思うも、その答えはでない。


「えーっと、つまり、モンスターを倒して倒して倒しまくるって事です」


 玖命が簡単に説明すると、川奈は「おー」と呟き、翔と山井はニコリ、ニヤリときて……ニチャリとわらった。


「ひっ!?」


 川奈から漏れ出た悲鳴は、決して近くにモンスターがいたからではない。

 近くにいたのは、モンスターより恐ろしいヤンキーと翁である。


「カカカカカッ! ぁんだよ玖命ぇ!」

わしらの得意分野ではないかっ!」

「つーより、専門分野だろ、センパイッ!」

「ほっほっほっほ! 倒し、蹴散けちらすまでよ!」

「殴って、踏み潰すだけだな! カカカカカッ!」


 そんな二人を見て、真剣に考える玖命。


(この二人、警備巡回とかさせたら、モンスターとして通報されそうだな? この二人の背景が歪んで見えるのは目の錯覚だろうか? やっぱり危ないよな。モンスターより。そういう時のマニュアルも作っておいた方がいいかな?)

「えーっと……それじゃあ、まずは八王子支部ですかね?」


 川奈の言葉に皆頷き、歩き始める。

 まず目指すべき場所は、クラン【命謳めいおう】のホームグラウンド――天才派遣所八王子支部。


 ◇◆◇ 20XX年9月15日 10:13 ◆◇◆


 その日は残暑残る中、比較的過ごしやすい気温であり、適度な風もあった。8月からしばらくは、派遣所にやって来る天才たちは額に汗していた。

 流石の天才たちも、道中の気温にやられてしまっていたのだ。

 しかし、今日はそうならなかった。

 集う天才たちは、汗などかかず、通り過ぎた夏を喜び、談笑していた。そんな彼らを微笑みながら見つめる受付員――相田あいだよしみ


(ようやく夏も終わりかー……ふふふ、空調の温度でも上げようかな?)


 そう考えていた相田の視界に異変が起きる。

 突如、談笑していた天才たちの額に脂汗が見え始めたのだ。

 それは本能的な反応だったと言える。

 頭より先に天才たちの本能が身体に異変を知らせる。

 異変を察知した天才たちは、恐る恐ると自動ドアへと視線を向けるのだ。

 そのある意味統率された動きに、相田たち一般の職員は首を傾げる。

 しかし、自動ドアが開かれた瞬間、その場にいた全員が理解する。


「ひっ!?」


 それは、八王子で新たに所属したばかりの天才から漏れ出た、悲鳴のような声だった。

 新人の天才の反応に続く者もいれば、息を呑む者、咄嗟に視線を外して誰もいないのに壁に向かって話し始める者、宙を見つめ夕飯の献立を呟き始める者もいた。

 自動ドアを抜ける男が二人。


「カカカカッ……良い空気だぜ!」


 ゴツゴツの拳、ギラギラの瞳、肩で風を切る翔の後ろには、ヤレヤレと肩を落とす玖命。


「ほっほっほっほ、新人に戻ったようじゃ。血がくのう!」


 背に納められた二本の剣、溢れる闘気が場を支配する。山井拓人が鋭い視線を向けるも、誰もその目を合わせようとはしない。そして、やはりヤレヤレと肩を落とす玖命。


「凄いです! 自動ドアに連動するみたいに人が道を作ってます!?」


 驚く川奈を横目に、玖命が「ははは……」と乾いた笑いを零す。

 翔を前にした相田が額を抱える。


「おう、受付のねーちゃん……しばらくぅ」

「お、お久しぶりです、鳴神さん」

「クラン【命謳めいおう】の完全始動だぁ。夜露死苦よろしくぅ」

「おめでとうございます。ですが、クラン指名の依頼はまだないので――」

「だいじょーぶだいじょーぶ、俺様たちがチーム組んで普通の依頼するだけだかんよ」


 そんな翔の言葉に山井が被せる。


「これ、後輩。威圧するばかりが交渉ではないぞ」

「ぁんだよセンパイ?」

「失礼、我ら4人向きな依頼はないかのう? 出来れば討伐依頼であるとありがたい」

「普通じゃねーか?」

「この後、儂のウィンクが飛ぶんじゃ」

「それは気持ち悪ぃだけだろ。まだ俺様のが威力あんだろ?」

「何をたわけた事を。ウィンクだけで500円玉曲げそうな顔しとるくせに」

「カカカッ、そんくらいよゆーだわ」


 受付前の二人の会話。

 相田から玖命へのアイコンタクト。

 それが助けを求めている事は、川奈も、玖命も理解出来た。

 だがしかし、玖命はこの時、ほんの少しだけ思ってしまった。


(帰りたいなぁ……)


 そんな、ほんの少しの本音を。

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