第198話 ご厚意

 血みどろ――良かったじぇねーか!もらっちまいな!

 Rala――伊達さんの家って結構集まりやすいですし、臨時の休憩スペースとして考えれば、クランメンバーも損はしませんよ!

 四条棗―――というか、代表と私が住んでるんだし、メリットは私にもあるんだよ

 たっくん――私、お金には困ってませーん!^^

 血みどろ――そういや俺様もだな

 Rala――私もですね

 四条棗―――お前らの稼ぎがいいから、私の給料も鑑定課時代の3倍以上には上がるんだよね

 たっくん――命謳めいおうの秘密基地みたいなものだね^^

 血みどろ――そーいうこった。

 Rala――サテライトオフィスですね!

 四条棗―――オフィスもまだ決まってないのにな


「何この人たち……聖人か何か?」


 そんな皆の厚意に甘え、俺は応接室に戻った。

 そして、親父のアイコンタクトの末、穂積ほづま社長の前に腰をおろした。

 そして、俺は親父に視線を向けた。今度はアイコンタクトではなく口頭で。


「親父……いえ、伊達さん」

「……何でしょう」

「穂積社長に、あの件、、、は話していますか?」

「あの件……あ、いや……あれは……まだですね」


 俺が親父に対し他人行儀に言ったのには理由がある。

 社長の厚意に対し、俺も厚意で報いねばと思ったのだ。


「あの件とは?」

「穂積社長」

「はい」

「実は、西の【インサニア】が【命謳ウチ】にちょっかいをかけて来る可能性が考えられます」

「ほぉ?」

「【命謳】の山井拓人を引き抜いたという噂が出回り、一部では【命謳】を叩く連中がいるのも事実です。そして、【インサニア】が俺を狙っているという情報も入っています」

「ふむ、なるほど」

「【インサニア】は過激な嫌がらせをする可能性が高く、【命謳】と契約した企業に対してもそれが行われる可能性もあるかと」

「へぇー、噂には聞いてたけど、そういうクランもあるんだねぇ。何だっけ? クラン潰しだっけ?」

「そうです。あくまで噂の域は出ませんが、既に山井をネタにネットでは色々言われている状況です。なので、契約の前に一度ご説明をと思いまして……」


 そこまで言うと、穂積社長はくすくすと笑って俺を見た後、親父を見た。


「ふふふ、良い子じゃないか、伊達君」

「……はい、そればかりは恐縮出来ません。ウチの息子と娘は世界最高ですから」


 珍しく親父が俺たちを持ち上げた。

 まぁ、いつもがふざけ過ぎなのだが……困った親父である。


「玖命君、老婆心ながら一つ忠告だ」

「は、はい」

「私は既に玖命君を買い叩いている。その自覚はないだろう」

「え……? そ、そうなんですか?」

SSダブルの山井殿とシングルの鳴神君をようするクランの企業案件だよ? 契約金が家一軒で済むはずがない。本来であれば、その倍は覚悟しなくちゃいけない案件だよ」

「そ、そんなにですか……」

「一応、私もこういう案件の相場を調べてからこの場にのぞんでるからね」

「はぁ……そうでしたか」

「そして、それは山井殿と鳴神殿を擁するという点の補足でしかない」

「え?」

「そこに玖命君とKWNの社長令嬢、川奈さんの価値は加わっていない。それだけでも、考えただけで震えが出る程の金額になるだろうね」


 聞いてみたいが、聞きたくない話だ。


「でも、【命謳】はまだ何の実績もないクラン。それは商売人にとって買い時のタイミング。幸い、大きな情報源である玖命君の父、伊達君がウチにいたからね。迷う必要はない。ならば、それは買うしかないタイミング。それが今日この場だよ」

「な、なるほど……」

「そして、私は卑怯にも、君たちの思い出の場であるあの家のオーナーという特権を使った」

「卑怯だなんて、そんな……」

「そんな事あるんだよ。実際、私の思い通りに、ちゃんと二人は動いてくれただろう?」


 そう言われ、俺と親父は目を見合わせた。


「「あ」」


 声まで漏らすおまけ付きである。


「二人は私の提案を『厚意』として受け取り、先程の【インサニア】のクラン潰しの情報を『厚意』として返した。そして、私に聞くつもりだったんだろう? 『それでもいいのか?』とね」


 まさにその通りである。


「私の予想外は、厚意という偽装で買い叩いた事に対し、二人が更なる厚意を私に返してきた事。ふふふ、ちょっと笑いそうになっちゃったのは内緒だよ?」


 ……凄いな、この人は。


「なら、こちらは厚意ホンモノを出すしかない。それが、この本音という名のレクチャーだ」

「……ありがとうございます」

「自己評価が低い事は、決して悪い事ではない。でも、それでは多くの失敗に繋がる可能性もあるって事。玖命君は私に【インサニア】の件を話すべきじゃなかった。その話を出汁だしに、更に買い叩かれてしまう可能性が出るんだからね?」

「……仰る通りです」

「君の目の前で、ポカンと口を開けてる人がいるだろう?」


 親父しかいないな。


「そいつはバカ正直で、いつも真っ直ぐで、でもいざという時のメンタルはぶれぶれ。何とか課長にこそなったが、そこから長らく昇進はなし」


 凄い言われようだ。


「伊達君がもう少しずる賢かったら、とっくに部長の席に座っていてもおかしくないんだよ」

「え?」


 喜べ親父、かなり買われてるぞ。


「玖命君」

「はい」

「ずる賢くあれとは言わない。だが、それを見破るだけの目だけは、養うようにした方がいいと思うよ。これが、おじさんからの忠告」

「ありがとうございます!」

「ふふふ、いいね。清々しいくらいだ。ウチの社員に欲しいよ」

「はははは……」

「だが、残念ながら契約は契約。私はあの条件を変えるつもりはない」

「結構です。それ以上の教えを頂きました」

「ふふふ、謙虚過ぎるのは父親似だな」

「「きょ、恐縮です……」」


 くそ、親父と揃っちまった。


「契約金は八王子の家、月額報酬は2000万。今なら父親の昇進も付けようじゃないか? これ以上の譲歩はない。さぁ、どうする玖命君?」


 そう言いながら、柔和な表情から一気に商売人の顔になった穂積ほづま社長。

 月額報酬2000万……中小企業、かつこのテクノライクエンジニアリングの工場面積を考えれば破格。週一回の単純な巡回警備であれば10分で終わってしまうだろう。

 月々40~50分で2000万……どうやらかなり高く買われているようだ。【命謳ウチ】も、親父も。

 穂積社長が俺の前に右手を差し出す。

 俺に選択肢はなかった。

 こういう戦いもある。それを教えてくれた穂積社長に、俺は深く頭を下げ、言った。


「よろしくお願いします!」


 応接室にりんと響いた声ののち、穂積社長はボソりと呟くように言った。


「う~ん……やっぱり謙虚だなぁ……」


 なかば諦めた様子で。

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