第197話 一心の会社2

「初めまして、穂積ほづま賢二けんじです」


 名刺を受け取り、テーブルに置く。

 そういえば、俺も名刺を作った方がいいのだろうか。

 帰ったら四条さんに相談してみよう。


「あ、伊達玖命です。いつも父がお世話になってます。あ、それと……家の事、本当にありがとうございます」


 テクノライクエンジニアリング社長【穂積賢二】さん。柔和な表情からも優しさが読み取れるような人だ。

 というか、伊達家の貸し家を安い家賃で貸してくれる人だ。伊達家にとっては神様みたいな人である。

 年は60は超えていそうだが、体幹はよく、健康そうだ。


「えーっと伊達君」

「「はい」」

「あははは、そうだよね。二人とも伊達君だよね。ウチの課長の方ね」

「はい!」


 親父が緊張の面持ちで立ち上がる。


「伊達君はこっちね」

「は、はい! 失礼します!」


 なるほど、親父は穂積さんの隣、俺の対面に座るのか。


「玖命君って呼んだ方がわかりやすいよね?」

「あ、それで結構です」

「うん。それじゃあ玖命君、まず今日は弊社に来社頂きありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「あ、いえ……お気になさらず」


 というか、親父の圧力が凄い。


「ははは、伊達君がいつもより緊張してるのは珍しいね」

「きょ、恐縮です!」

「以前から玖命君の事は会社で話題になっていてね」

「話題……ですか?」

「伊達課長の息子って事もあるんだけど、玖命君ってTLEウチじゃほら、有名人でしょ? 意外に顔知ってる人が多くてね」

「あー……その節はご迷惑をおかけしまして……」

「はははは、それは気にしなくていいよ」


 親父の息子である以上、俺が新聞に載った事は多くの社員が知っているだろう。そして、俺の無能の時代も……。


「最近、伊達君が妙にイキイキしてるから聞いてみたら、玖命君のランクが上がったって聞いてね。私も自分の事のように嬉しくなっちゃってさ。それで、あの動画を観てさ?」

「もしかしてホブゴブリンの……?」

「そうそれ! あれカッコよかったよー……こう、シュパって一瞬でさ!」


 近所の気の良いおじさんのような親しみやすさである。


「詳しい人に聞いたら、完全にBランク以上の実力はあるっていうじゃない? だからちょうど良いタイミングだと思って、伊達君に今回の話を通しておいたの」

「え? 親父は、あいや父は、父から話を通したって?」

「あははは、そう言っといた方が玖命君がTLEウチに来やすいだろうって、私から言っておいたんだよ」


 なるほど、確かに『社長から打診があった』なんて親父から言われたら、俺が緊張してしまうかもしれない。

 穂積社長なりの気遣いというやつか、勉強になる。


「きょ、恐縮です!」


 親父はもう恐縮マシーンになってる。

 絶対に穂積さんを邪魔しないというオーラをひしひしと感じる。

 あれ? でもランクが上がるより前にあのホブゴブリン討伐動画は出回ったはずだけど……?


「私、結構遅れてあの動画観たんだけど、その時に聞いたら、まだEランクに上がったばかりだっていうじゃない? あー、それが伊達君の報告のやつかーってね?」


 あー、そういう事か。

 親父のイキイキ報告、件の動画視聴の順なのか。


「その時は依頼を諦めてたんだけど、あれよあれよでもうCランクだって? 凄いよねぇ。クランのホームページも見たよ。メンバーも凄かったね」

「あ、ありがとうございます」

「という訳で、時期がきたって事で、玖命君を呼ばせて頂きました」


 話の流れが、俺の事だけだったような気がする。


「具体的には、天才派遣所を介して魔石の優先納品をお願いしたいのと、TLEウチの警備巡回を週に一度。これに一点付け加えたいのが――」

「――はい?」

「社員の窮地には駆けつけて欲しいってやつ、あれ何ていうんだっけ?」

「従業員安全保障ですか?」

「そうそれ、従業員からTLEウチに、TLEウチから玖命君のところに電話が転送されるようにして、従業員の周囲でモンスター被害があった際は駆けつけて欲しいんだよ」

「わかりました。距離にもよりますけど、引き受ける事は可能だと思います」

「うんうん、よかったー。ねぇ、伊達君?」

「恐縮ですっ!」


 なるほど、親父はこの会社で長生きできそうだ。


「それで契約金なんだけど、あの家でいいかな?」

「「んっ?」」


 長生きしそうな親父と声が揃ってしまった。


「あ、お金のがいいかな? 月額契約の方は勿論お金にするけどね」


 すると、親父からアイコンタクトが送られてきた。


(おい、玖命、あの家くれるって!?)

(ゲスいな親父! ていうか、あの家結構な一等地だぞ!?)

(八王子駅近庭付き5LDKだぞ!? 上物うわものもまだ古くないし、え、やば!?)

(いや待て、安易に首を縦に振る訳にはいかない。契約は【命謳めいおう】のものなんだ。俺だけが得するみたいなもんじゃないか。皆と相談させろ!)

(よし、時間は俺が稼ぐ! トイレ行って来い!)

(死ぬなよ親父!)


「あ、すみません。ちょっとお手洗いに……」

「あ、うん。ごゆっくりねー」

「社長~、実はとびっきりのネタを仕入れて参りまして~」

「え、何々? 伊達君の話はいつも面白いからなー」


 俺は、親父のごろにゃん声を背に、スマホ片手にトイレに向かうのだった。

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