第195話 Tシャツの数

「お兄ちゃん……!」

「玖命……!」


 俺は今、窮地に立たされている。

 伊達家のリビングで正座し、妹と父から怒りと呆れの感情を向けられているのだ。それは何故か――、


「お兄ちゃん! そのよれよれTシャツでKWNカウンの社長と会ったって正気っ!?」


 これが妹の叱咤しった


「言ってくれれば私のスーツ貸したのに、どうして今日いきなり会う事になったんだ!?」


 これが親父のいきどおりである。


「きゅーめー、飴食う?」


 そして、四条さんの優しさ。

 俺は棒付きキャンディロリポップを口に含み、呆れ顔の二人を見る。

 そして俺はTシャツというワードで、咄嗟に思い出した事を口走ってしまったのだ。


「あ、何か川奈さんがクランのTシャツ作ろうって言ってたな。あれ作ればTシャツ代浮くんじゃない?」


 言うと、みことは大きな溜め息を吐いてから焼肉の準備に入った。そう、今日は輸入肉の焼肉なのだ。


「よし、玖命。近い内に人前に出られるスーツを買いなさい。これは私との約束だからな」

「はぁ……わかったよ」

「よろしい」


 親父はそう言った後、スマホを持って自室へと向かった。

 珍しい。いつもならみことの手伝いをするのに。

 そんな親父の背中を見送ると、俺の眼前に、にゅっとスマホが向けられた。


「四条さん?」

「Tシャツ、発注するぞ」

「え、もう!?」

「今はデザインさえあればネットで簡単に発注出来るんだよ。後はきゅーめーがどれだけいるかだから、何枚欲しいか教えて」


 なるほど、ホームページも作ってくれたみたいだし、四条さんを雇ったのは正解だったな。


「じゃあ俺は5枚……かな?」

「おーけー、それじゃ合計で50枚だな。スーツ作るんだったらネクタイも作っとく? 今クランエンブレムを印刷したネクタイ流行ってる――」

「――ちょちょちょちょ!」

「何だよ?」

「何です? 50枚って?」

「全員分合わせたらその枚数だよ」

「……ち、因みに内訳は?」

みことが7枚、一心いっしんさんが7枚、鳴神が7枚、山じーが10枚、ららが11枚」

「クランメンバーじゃない人が一週間分頼んでる……!?」

みことは毎日学校に、一心さんはインナーで着て会社に行くって。宣伝目的だそうで」


 何て家族想いな親父と妹なんだ……!?


「えっと、翔とたっくんは……?」

「鳴神は普通に一週間分。山じーは自分の分6枚と、弟と荒神所長に送るとか言ってた」

「送り先がとんでもない事に……!?」

「ららは両親に2枚ずつ。残りは自分用だって」

「じゃあ……残りの3枚は……?」

「私が3枚」

「なるほど」

「皆のTシャツが縮んだら、貰って私が着る」

「凄い建設的」

「まぁ、グッズ化したら在庫が余るだろうけどな」

「グッズ化なんて出来るんですかねぇ……」


 俺がボヤくように言うと、四条さんはスマホを操作してまた俺に画面を見せてきた。


「ん」

「これって……【大いなる鐘】のオンラインショップ? え、何これ? 1/1等身大【水谷結莉】フィギュア49万8000円!? えぇ、売れてるの!?」

「ららはこれやりたいらしい」

「川奈さんが!? え、クランってこんな事もするの!?」

「調べたところ、活動資金にしてるところもあれば、需要があるから仕方なくやってるところもあるみたい。【大いなる鐘】は完全に後者だね。あそこはオンラインショップで稼がなくても十分だし。あ、でも茜って【大聖女】だけはバシバシおもてに自分売りに出してるらしい」


 よく調べてるなー……。


「……ん? 何だよ?」

「いや、少なからず感動をしまして」

「は、はぁ!? ばっかじゃねーの!?」


 ぷんすことする四条さんだったが、【命謳めいおう】のために頑張ってくれているのは事実だ。本当に感謝しかない。


「それよりきゅーめー、そろそろ鎧新調しなくちゃいけないんだろ?」

「ぐっ!?」

「……いや、KWNの契約三社も決めたってのに、そんなに痛がるなよ」

「いや、決めたっていってもクランのお金になるからね」

「活動資金は活動資金でプールしておいて、毎月決まった報酬を給料として払えばいいんだよ。そこら辺は派遣所と連携して私がやっておくから、きゅーめーはその割り振りだけ考えてくれればいーんだよ」


 本当に凄いな、この15歳……。


「……だから何だよ?」

「かなり感動してまして」

「も、もういいっ! 詳しくはToKWトゥーカウで送れ! ばかっ!!」


 みことの手伝いに行ってしまった。

 まぁ、四条さんに比べれば、俺も馬鹿だろう。

 世間知らずもいいところだ。

 ……ふむ、スーツか。どこで買えばいいのだろうか?

 そんな事を考えていると、親父が部屋から出て来た。


「玖命」

「ん? どうしたの?」

「明日時間あるか?」

「作ろうと思えば作れるけど?」

「よし、スーツ買いに行きがてら父さんの会社に行こう」

「え?」


 親父の思わぬ言葉に、俺は間の抜けた声を出してしまった。


「社長が企業対応出来るクランを探しててな。以前から話を通しておいたんだが、今しかないと思ってな」

「まさかKWNの事、話してないよな?」

「私がそんな事する人間に見えるか?」

「………………少し」

「言わないって!」

「まぁ、それはわかったよ。でも、『今しかない』ってどういう意味?」

「【天武会】が終わる頃には、依頼料が跳ね上がるに決まってるからな、今の内が買い時ってやつだ」


 ……伊達家にも越田高幸みたいな男が生息してたのか。

 ところで、親父の会社って何の会社だったっけ?

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