第194話 父の思惑

「いや、流石にいきなり本社というのは他のクランに角が立つというか……」


 俺がそう言うも、川奈氏は何食わぬ顔で返す。


「それは、ただのやっかみというものだよ、伊達君」

「そうですよ伊達さん。それに、お父さんにはもっと別の狙いがありますから」


 なるほど、既に川奈さんは父親の思惑に気付いているという事か。


「お父さんは、公私ともに私に会いたいだけですから」

「いや、流石にそれはないんじゃ――………………?」


 おかしい、川奈氏が視線を泳がせている。

 え、そういう事なのだろうか?


「らら、そういうのはいいんだ」

「言っておかないと、伊達さんが緊張するだけでしょ」

「コホン」


 咳払いというより肉声で「コホン」って言ったな、今。


「とはいえ、ここは池袋。八王子からは遠いと言わざるを得ない」

「え、あ、そうですね」

「幸いこのKWNカウン本社は全ての死角をカメラで監視している。異常があった際に駆けつけてくれれば問題ない。一応常駐の警備が定期巡回もしてくれているからね」

「な、なるほど」

「八王子の二ヶ所も同様だが、これに関しては週に1度、クランメンバー全員で巡回をして欲しい。また、緊急連絡先として伊達君たちのホットラインを、KWN重工と私立八王大学の管理職以上の者に伝えるが……問題ないかね?」

「はい、結構です」

「うむ、では細かい内容は契約書が出来た段階で確認して頂き、問題なければ伊達君のサインを以て締結、という事で」


 そう言って、川奈氏が立ち上がる。

 俺もそれに釣られ、慌てて立ち上がる。


「これからKWNの安全を……どうか、よろしくお願いします」


 川奈氏の右手が出され、俺は緊張しながらも、川奈さんのアイコンタクトによってきゅっと口を結び、その手をとった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そんな挨拶をした直後、川奈さんが思い出したかのように声を出した。


「あ」


 その声に、俺と川奈氏が首を傾げる。


「「ん?」」

「お父さん、肝心の契約金の話してないよ!」

「おっと、私とした事が……失念していたよ。まぁ詳しくは後程届けさせる契約書に書いてあるが、この裏面に書いてあるからよく確認しておいて欲しい」


 そう言われた直後、俺の記憶はあやふやになってしまった。

 確か……契約金の欄に0が9個あって、月額報酬の欄に0が8個あったような……あれ?

 その後、何故か川奈さんが交渉していたような……あれれ?











 ◇◆◇ ◆◇◆


「――ちゃん! お兄ちゃんっ!」

「はっ!? こ、ここはっ!?」


 気が付くと、目の前にはみことが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「伊達家の玄関前ですけど? というか、ホントビックリしたんだからね!? スーパー寄って帰って来たら、お兄ちゃんがここでボーっとつっ立ってるんだもんっ!」

「あ、どうも、すんません」

「何かあったの? ららちゃんから連絡あったけど、よくわからなくて……」

「え、何て?」

「『今日はお祝いですね!』としか? 聞いても教えてくれないのよ。『お兄さんに聞いてください』って……何かあったの?」

「あ……えーっと、企業案件が決まりそうで」

「え、凄いじゃん! それ、私の知ってるところ?」


 流石に守秘義務があるのだろうか?

 まだ決まってないし、契約結ぶ前だからいいのかな? いや、ダメかな?

 そんな事を考えていると、狙いすましたかのように川奈さんから連絡が入った。


 Rala――お父さんに確認とりました!後々わかる事だから家族にも言って大丈夫だそうです!でも言いふらしたりしないようにとの事です!


「はははは、何かもう凄いな、この子」

「どうしたの、お兄ちゃん?」


 Rala――下手に広まったら株価に影響出ちゃうらしいです!


 言えない。絶対言えない。


「あ、えーっと結構有名な企業だからみことも聞いた事あるんじゃないかな。守秘義務があってまだ詳しくは言えないけどね……はははは」


 これくらいが限界だろう。


「うんうん! でかしたお兄ちゃん!」


 そう言って、みことは顔を綻ばせて俺の背を叩き、家の中に入って行った。

 俺もそれに続き、家の中に入る。

 直後、俺の耳にみことの甲高い声が届いた。


「ちょっとお兄ちゃん!? KWNと契約結ぶってホントッ!?」


 あれ、玄関くぐったら時間軸ずれた?

 みことに肉薄されながらそんな事を考えていたら、みことの奥に見えたのは、我がクランの事務員さん。


「あれ? まだ言ってなかったのか、きゅーめー? 何か悪い事しちゃったな」


 そうだよな、川奈さんはクランメンバーには共有してたしな。

 四条さんからみことの耳に入るのは必然だったか。


「ま、まさか川奈さんを脅して……いや、お兄ちゃんがそんな卑怯な事する訳ないわね……じゃあどうやって!?」

「信頼されてるな、きゅーめー」

「ありがたい事に」


 呆れた様子の四条さんに、俺も冷静に返す。

 すると、みことはとんでもない答えに行き着いた。


「い、一体いくらお金払ったのっ!?」


 なるほど、そういう結論もあるか。

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