第189話 【剣皇】水谷結莉1

 正面で剣をくるくると回し、嬉しそうに微笑む水谷みずたに結莉ゆり


「ふふふ、まさかこういう時のために呼ばれたなんてね」


 数回の跳躍を経て、腰を落とす。


『伊達さーん! 頑張ってくださーいっ!』


 まさか、KWN本社にこんな訓練スぺースがあるとは思わなかった。まぁ、むしろあって然るべきなのかもしれないけど。

 川奈さんの声援に、俺は強化ガラス越しに二人を見る。

 そこには川奈親子が対象的な表情をしていた。

 ニコニコと笑う川奈さんと、そんな川奈さんに渋面しぶづらを向ける川奈氏。


『伊達君』


 スピーカー越しに川奈氏の声が聞こえる。


「はい?」

『ここは、各派遣所が用意している訓練スペースよりも強固に造られている。SSSトリプル同士の訓練にも耐えられる設計だ。勿論、これには越田君の監修が入っている』


 道理で……地下とはいえ、部屋数が少ない訳だ。

 上下五階分くらい何もなかったし、全てのスペースが壁や衝撃緩和に使われているのだろう。

 途中から階段を使わせたのは、衝撃によりエレベーターを止めないためか。

 天才派遣所の日本支部クラスだぞ、この仕様スペックは。


『流石に越田君をここへ招くには、私の財力を以てしても難しいものでね。彼が一番信頼する【剣皇】水谷君ならば、適任かと思ってね』

「はははは……」


 俺は乾いた笑いを零すが、それに反応したのは俺だけではなかった。


「社長? 高幸なら、『玖命クンと私の訓練』と聞けば、何を置いても駆けつけますよ」

『……越田君から信頼されてるようだね、伊達君』

『そうなんだよ! クラン【命謳めいおう】は近々【大いなる鐘】と同盟結ぶんだからっ!』


 そんな川奈さんの言葉に、川奈氏、水谷の目が丸くなる。

 あれ、もしかしてトップシークレットだったのか?


「高幸ったら、私にそんな面白い事を黙ってるなんて、酷いヤツだね……」

『伊達君、娘が失礼をした。それを聞いていれば……いや、この結果は変わらなかっただろうな』

『んな!? わ、私が失礼っ!?』

『表沙汰になっていないという事は、事前交渉段階の口頭契約。それを【大いなる鐘】の幹部クラスと、KWNの社長に漏らしたのだ。失礼どころの騒ぎじゃないんだぞ、らら』

『だそうですよ、伊達さん』


 相変わらず、川奈さんは大物である。

 しかし、彼女が言わんとしている事もわかる。

 彼女は、別に漏らした訳ではない。この二人にならば、話していいと判断したのだ。

 俺の性格を知っているから。

 だから、こんな聞き方をしているのだ。


「大丈夫ですよ。越田さんから口止めはされてませんし」

『ふふふぅ~、ですよねぇ~』


 微笑む川奈さんは川奈氏を一瞬で黙らせてしまった。

 もしかしたら彼女は、KWNを継いだとしても上手くやってしまうのかもしれない。

 そう思いながら、俺は木刀を構える。

 まさか強化木剣の他、強化木刀まで用意しているとは、天才産業にかなり注力している証拠。

 まぁ、翔を雇い管理区域も運営しているのだ。

 川奈氏ならここまでやるだろう。


「嬉しいよ、玖命クン……また剣を合わせられるとはね」

「水谷さんと戦うのは、もう少し後が良かったんですけどね」

「へぇ、それは何でなの?」

「まだ勝てないからですよ」

「……もう少し後なら勝てると?」

「いえ」


 そう言って、俺は腰を落とす。


「10分後にはそう言えるかもしれません」


 そこまで言うと、水谷からはもう何も返ってこなかった。

 代わり届いたのは、好敵手を見つけたバトルジャンキーの笑みと、ビリビリと伝わる――剣気、闘気、そして殺気。


「怖いですね、殺す気ですか?」

「……私の知る玖命クンは……そんなにもろくない……よっ!」


 今のは、過去の脆弱な俺に対する、水谷なりの礼儀なのだろう。

 そんなどうでもいい事を考えていると、いつの間にか水谷の剣が俺に迫っていた。


『わ、わ! 訓練スタートッ!』


 遅れて川奈さんがブザーを鳴らすも、俺と水谷の間にはそれはもう必要なかった。

 初手、最速の突きを繰り出した水谷に対し、俺は腰を少し捻り上段から刀を滑らせた。

 突きの刃を流すと、たったそれだけで水谷は俺の背後へと跳んで行く。とんでもない速度だ。

 壁を蹴り、水谷は天井、更に天井を蹴り、俺の上を取る。


「ハッ!」


 上段からの斬り込みに、俺の天恵が反応する。


 ――【考究こうきゅう】を開始します。


「ったく、遅いんだよ」


 俺は、足で小円を描き、それをかわす。


「聞き捨てならないねぇ、玖命クン! 私が遅いってっ!?」

「いえ、十分速いですよ。逃げ出したくなる程に……!」


 大地に降り立った水谷からの斬り上げ。

 それに対し、俺は大きく大上段を振り下ろした。

 衝突と同時、川奈親子からの驚きの声が届く。


『『っ!?』』


 分厚く魔力コーティングされた強化ガラスが、何とか衝撃を吸収したようだが、その全てを受け切ったという訳ではなさそうだ。


「ふふふ、いいね玖命クン……ようやくこのレベルまできたんだね」

「えぇ、お待たせしました……!」


 交わされる視線。

 俺と水谷の視線が重なった時、お互いに気付く。

 今、俺と水谷……互いの実力は、完全に拮抗したと。

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