第188話 KWNの社長5

 ソファに座りながら窮地に立たせられているこの状況は何だ?

 まさか、呼び出されていきなり川奈さんとの関係を聞かれるとは思わなかった。


「……えーっと、川奈さんとは天才同士の友人といった関係で……」

「娘が過去、男の友人を連れて来た事はない」

「わ、わぁ……俺が初めてなんですね……」

「伊達君が鳴神君と仲が良いという事、既に聞き及んでいる。噂では元【インサニア】のあの山井氏とも付き合いがあるようだね?」

「え? は、はい……」

「だから、彼らの信の上で、伊達君が娘とも健全な付き合いをしているという事もわかる」


 おぉ、何か、納得してくれているような……?


「だがね、それは論理的な話だ」


 あ、これ感情的な話なんだ。


「年頃の娘が、年頃の男と一緒にいる。それだけで私は胸が引き裂かれそうだよ」


 ここで、「回復魔法は得意です」なんて言おうものなら、怒られてしまうだろうか。


「既に、娘の命を救ってくれている伊達君の事だ。何もやましい事がないのはわかっている」

「は、はぁ……」

「不純な付き合いがないというのも、娘の反応を見ればわかる」


 何かこの流れ……さっきも聞いたような?


「だがね、それはやはり論理的な話なんだよ」


 情緒不安定である。

 確か川奈さんは一人娘だと聞く。

 川奈氏が川奈さんを大事にする気持ちはよくわかる。

 いや、「よくわかる」なんて俺が言うのは烏滸おこがましいのかもしれない。

 やはり、向き合うしかないのだろう。


「川奈さんは、俺の大事な仲間です」

「あぁ、それもわかっている。資料を読ませてもらったし、鳴神君からも話を聞いている。娘に出来た大事な仲間だ。歓迎もしよう。でも、それは娘がモンスターの前に立たない前提の下だ」


 なるほど、やはり娘を失う事を恐れている。

 こんな世の中である。当然の感情だ。

 だが、これを受け入れるのは川奈さんにとって礼を失する行為と言える。


「川奈さんの意思はどうなるんですか?」

「っ! ……やはり歴戦の天才だね。私に物怖じせず発言出来るとは」

「質問に答えてください」

「……娘は、娘に天才活動をさせる訳には……」

「鳥かごに閉じ込めておきたいと?」

「それが親というものだよ、伊達君。娘には、派遣所の内勤に勤めてもらう手はずになっていた。だが、まさか現場に出てしまうとは思わなかった」


 額を抱え、後悔を露わにする川奈氏。


「あんな大盾なんて買い与えるべきではなかった」

「あの大盾がなければ、川奈さんはこの世にいません」

「っ!? 君は……何て恐ろしい事を言うんだ……」

「では失礼ながらお伺いします」

「……何かね?」

「川奈さん、貴方には、娘さんを守る力があるんですか?」


 ……我ながら、言い過ぎだとは思う。

 だが、これくらい踏み込まなくては、川奈氏この人には届かないだろう。

 川奈氏は驚き、俯き、考え……深い溜め息を吐いた。


「……まるで、感情的になるなととがめられた気分だよ」

「その意図がなかったとは言い切りません。ですが、よく考えて頂きたい」

「…………ない、だろうな。どんなに安全な檻を造ったところで、モンスターはどこにでも現れる。いついかなる時も、私が傍にいる訳でもない。だから、我が家には複数人の天才を警備として雇っているんだ」

「ランクは?」

「え? ……いや、確か、CランクとBランク……それにAランクが一人いたかな」


 それ言われ、俺はくすりと笑ってしまった。

 それを嘲笑だと受け取られてしまったのは、俺の落ち度である。


「何がおかしいのかね?」

「いえ、失礼。ですが安心してください」

「安心……?」

「今の川奈さんは、その三人より圧倒的に強いですから」

「何を馬鹿な、娘はDランクになりたてだと聞いているが?」

「ランクと個人の実力は別物です。今の川奈さんなら、一緒にいる水谷さんの剣すら弾けますよ」

「なっ!? 彼女は【剣皇】だぞっ!」

「川奈さんは【天騎士】です」

「っ!?」

「同じ第4段階の天恵。戦闘経験の差から多少は押されるでしょうが、既に川奈さんは水谷さんと同じステージにいます。これが何を意味するか、貴方にはおわかりでしょう?」


 そこまで言うと、川奈氏は押し黙ってしまった。


「川奈さんは既に守られる段階にありません。人々を守る側にいます」

「…………それが本当だとしたら、娘は多くの強力なモンスターの前に立つという事になる。私に……それを許容しろと?」

「俺が守ります」

「伊達君の活躍は耳にしている。調べもした。【姫天】の動画から、解析もしてもらった。君の言葉は、事実なのだろう……それくらい私にもわかる……」

「では、川奈さん自身が強くなる事が、一番の安全だという事もおわかりのはずです」

「……SSSトリプルランクのモンスターを前にしても、その発言が出来るのかね?」


 多分、川奈氏にとって、それが最後の抵抗だったのだろう。

 だから、俺は彼に言った。言ってしまった。


「そんな発言しませんよ」


 呆れた様子の川奈氏に、俺は続けた。


「そんな発言、する前に、倒しますから」


 それがいけなかった。

 別に川奈氏の逆鱗に触れた訳ではない。

 だが、その言葉が、彼を動かしてしまったのだ。


「……では、証明して見せてくれたまえ」


 その十数分後、俺は何故か水谷と剣を構え、対峙していたのだった。

 不可解極まりないが、これだけは言わせて欲しい。


「…………どうしてこうなった?」

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