第187話 KWNの社長4

 天才に天恵が、ポータルからモンスターが現れた20XX年――世界はその日を【大厄災だいやくさい】と呼んだ。

 これまでの常識が覆され、世界は混乱に混乱を重ね、とにかくその時を生きるため法、インフラ、武器産業まであらゆるモノの抜本的ばっぽんてきな見直しをした。

 当時は新進気鋭の移動体通信事業者キャリアとして台頭していたKWN株式会社。

 そこの代表取締役、社長執行役員兼CEO……川奈かわな宗頼むねよりは、その枠に捉われず、【大厄災だいやくさい】を機に躍進。

 農業、工業、金融業、保険業に至るまで、あらゆる分野に着手し、そのほとんどを成功に収めた。

 現代日本の経済界の父とまで言われる川奈氏が……今、俺の目の前で、深々と頭を下げている。

 これが一体どんな異常事態なのか、流石の俺でもわかってしまう。

 あたふたする周囲の社員に止められながらも、川奈氏は俺に頭を下げ続ける。


「この度は、ららの命を救ってくださり……本当にありがとうございました」


 川奈さんの命……はて、救った事なんてあっただろうか?

 そんな俺の反応に気付いたのか、隣の水谷が教えてくれた。


「アレじゃないの? 玖命クンが初めてららちゃんと組んだ時の」

「あ、伊達さんにガイドを頼んだやつですねっ!? あの時は大変でした。何たってゴブリン種が合計で400体はいましたからねっ!」


 懐かしい思い出話に浸るような川奈さんだが、正面でアホ毛をぴこんと跳ねさせる川奈氏は、気が気じゃないようだ。

 愛娘がゴブリン種400体の前に立っていたという事実が、理解出来ないのだろう。


「いや、あれは命を救ったというか……まぁ俺もいっぱいいっぱいでしたし……」

「ん~……それじゃあアレじゃないの?」

「ゴブリンジェネラル2体、マスターゴブリン1体、ゴブリンキング1体に追い詰められてた時ですねっ!? あの時の伊達さんカッコよかったですぅ!」


 懐かしい思い出話に浸るような川奈さんだが、正面でアホ毛をぴこんぴこんぴこんと跳ねさせまくってる川奈氏は、気が気じゃないようだ。

 ゴブリンの上位種の揃い踏みみたいな状況である。

 一般人であれば、跡形も残らない相手だ。

 父親の心中が……ほんと、どうするんだ、これ。


「あ、伊達さん。こちら父のお父さんです」


 祖父には見えないな。


「あ、間違えちゃった……えーっと、父の宗頼むねより? ですっ!」


 エレベーターの扉が開いてすぐにお辞儀されたものだから、俺も挨拶する暇がなかった。

 なるほど、これは、川奈氏なりの礼儀なのだろう。


「あ、えっと……初めまして、伊達玖命です。川奈さんとはチームを組んでて……この度、クランを立ち上げて……川奈さんはその創設メンバーで……えーっと……」


 そんな俺の説明に、川奈さんがくすくすと笑う。


「伊達さん、大丈夫ですよ。そういう事はちゃんとお父さんにも伝えてるので」


 そうは言っても、俺からの説明責任というかそういうのがあると思うのだが。

 俺のお辞儀の後、川奈氏がすっと頭を上げる。

 しかし、疑問が残る。

 何故、ここに【剣皇】水谷結莉を同席させたのだろうか?

 護衛というのもおかしな話だ。

 川奈さんが害を加える訳ないし、ましてや川奈さんが連れてきた俺を警戒している訳でもないだろう。

 いや、もしかして本当にそれを疑ってるのか?

 娘から近付き、親の社長を狙う? そんな小説みたいな話があるのか?

 そんな馬鹿な事を考えていると、川奈氏が右手を前に差し出した。


「あ、これはご丁寧に」


 俺はそう言って、彼の手をとって握手を交わした。

 川奈氏はにこりと笑い、「こちらへ」と言い、部屋の奥へと案内してくれた。


「かけてくれたまえ」

「あ、失礼します」


 俺は、高級そうな革のソファに腰掛ける。

 すると、川奈氏は、俺の隣に座ろうとしていた川奈さんを止めた。


「らら」

「え?」

「あっちの部屋にお茶菓子を用意した。水谷君と一緒に待っていてくれ」

「えー」


 凄い、生「えー」である。

 日本のどこを探したら、川奈氏に対してこんな言葉を言える人物がいるというのだろうか。


「水谷君、頼むよ」

「えー」


 あ、ここにもいた。


「私、そういった契約は引き受けてないんですけど?」


 確かに、翔にも聞いた事ないな。

 娘の茶の相手をするなんて契約。

 おそらく、水谷を呼んだ理由は、川奈さんと同席してもらうため。それが仇となったか。


「あ、うん……そうだったね」


 困り顔の川奈氏が俺を見る。

 これはあれだろうか、助け船を出した方がいいのだろうか。


「えっと、お二人とも、出来れば社長と二人で話したいんですが……」

「むぅ、伊達さんが言うなら仕方ないですねぇ……水谷さん! お茶しましょ!」

「玖命クン、貸し1だからね~」


 大変だ、綺麗で戦闘好きな年上の女性に借りを作ってしまった。

 ……まぁ、水谷の場合、そんな無茶は言ってこないだろうが、困ったな。

 二人が奥へ消えていくと、川奈氏はホッと一息吐いてから手を挙げた。すると、周囲にいた社員連中が、そそくさと消えていく。

 そうそう、川奈氏相手だと、普通こういう対応になるのだ。

 だが、今回は相手が悪かっただけである。

 さて、KWNカウンの社長は一体どんな話を俺にするのだろうか。

 そう思った矢先の事だった。


「ずいっぶんと……娘と仲がいいようだね?」


 大変だ。


「一体、娘とどういう関係なのか……」


 社長じゃない。


「是非、聞かせてくれないか……伊達君?」


 これ、父親だ。

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