第167話 女王、米原樹3

「っっ~~~~!!」


 痛みなんて最早もはや関係ないという完全に吹っ切れた翔の顔。

 顔の表面に生き物みたいな青筋がいっぱいである。

 人ってあんなに青筋浮き上がるものなのか、と人体の不思議を体感している。


「てんめぇええええええええええええっ!!」


 その怒りを向けられたのは、小林さんでも、ましてや俺や川奈さんでもなかった。

 跳び上がった翔。その行き先は……っ!?


「「玉座っ!?」」


 俺と川奈さんは翔の行動に驚愕する。


「さっきから、ちょこちょこちょこちょことぉ!! うざってんだボケェエエエエエエエエエエエッッ!!!!」


 振りかぶられた翔の拳。

 しかし……あ、あり得ない!?


「危ない危ない。いっちゃんへの攻撃は許しませんよー?」


 あの距離から小林さんが間に合うなんて……!?

 しかも……翔の攻撃に全く怯んでいない……!?

 直後、更にあり得ない事が起きた。


「がっ!?」

「翔っ!?」

「翔さんっ!?」


 何と、翔は小林さんの前に膝を突き、四つん這いになり、遂にはうつ伏せに倒れてしまったのだ。


「がっ……! 体が……っ!?」


 その行動だけで、その言葉だけで、何が起きているのか俺は理解した。

 俺は小林さん……その奥に座る米原さんを見、言った。


「米原さん、そこまででお願いします」


 米原さんの表情に変化はない。

 しかし、米原さんの取り巻き、何より小林さんの反応が全てを物語っていた。

 やはり、米原さんが何かしていたのだ。

 俺が一歩前に進むと、米原さんの前に小林さんが立ちふさがった。


「それ以上は伊達さんといえども許しませんよー」

「翔を解放してください」

「仕方ありませんね」


 直後、小林さんはちらりと米原さんを見た後、俺に剣を振るった。俺はそれを手甲てこうを使って払い、小林さんの背後に立った。


「あ、あれ~……?」


 冷や汗を見せる小林さん。

 だが、それは小林さんだけではなかった。

 正面に見据える先には米原樹。彼女は目を見開き、じっと俺を見ている。


「こ、こんな事は……!?」


 何やら驚いているようだが、俺はただ翔を解放して欲しくて、更に米原さんに詰め寄った。


「米原さん、翔の解放をお願いします」

「っ! 小林っ!!!!」


 っ!? まるで奇声のような命令。

 小林さんは俺の背後から襲い掛かるも、俺はそれをかわして、その矛先を米原さんに向けた。


「ひっ!?」


 小林さんの木剣が米原さんの足下に刺さる。


「小林!」


 先程までの余裕はどこへやら、米原さんは顔を歪めながら小林さんに怒りを向けた。


「ちょ、ちょっと! しっかり私を守りなさい! 愚図共っ!!」


 THE女王様って感じである。

 米原さんの指示の下、玉座の左右に4人ずついた護衛が動く。

 だが、その全てが小林さん以下の実力。

 米原さんが小林さんを頼りにするはずだ。

【ポット】には小林さん以上の実力者もいるはずだが、今日この場にはいないようだ。

 俺は彼らの攻撃を全ていなしながら、米原さんを威圧した。


「米原さん、お願いします。翔を解放してください」

「な、何なのよ貴方っ!! 小林ぃいい!!!!」


 しかし、米原さんのこの慌てようは一体何だ?

 翔に何かしているのは確実。だが、それが俺には働いていないという事なのか? 一体何故……?


「きゅ、きゅう……め……」

「大丈夫か、翔?」

「め……目だ……」

「目?」


 翔のアドバイスを聞き、俺はじーっと米原さんを見る。


「み、見るなっ!!」


 すると、俺でも翔でもなく……川奈さんが言った。


「伊達さん! それ、コンタクトです!」


 なるほど、赤い瞳はコンタクトだったのか。

 カラーコンタクトではない。

 これは…………、


「もしかして、このコンタクト……アーティファクトですか?」

「ヒッ」


 そんなに怖い顔をしているだろうか? ちょっと傷つく。

 小林さん含む全ての攻撃をかわすのも大変である。


「それ、とってください」

「い、嫌ですっ!!」

「今すぐに」


 俺が手を差し出すと、米原さんは顔をブンブンと横に振っていたが、俺はその手を引きはしなかった。


「とってください。そのアーティファクト……【鑑定入り、、、、】でしょう?」


 そこまで言うと、米原さんも、小林さんも、周りの護衛もピタリと止まった。まるで時が止まったようである。

 このコンタクトアーティファクトが【鑑定】でなくとも、米原さんが【鑑定】を持っている事は明白。

 何故なら、俺の【天眼】が発動しないのだから。


「とってください」


 四度目の依頼に、ようやく米原さんは動いてくれた。

 震える手で、コンタクトを外し、頭を抱えながらストンと玉座に腰を落としたのだ。

 すると――、


「お!? おぉ!」


 翔が何らかの呪縛から解け、立ち上がったのだ。


「大丈夫か?」

「おぉ、助かったぜ、玖命ぇ!」


 翔が俺の背中をバシンと叩く。

 相変わらずの馬鹿力……!

 しかし、翔が小林さんに後れをとった理由が、何となくわかった気がする。

 何故、翔が米原さんを前に倒れたのか。

 何故、米原さんは【鑑定】入りのアーティファクトを使っていたのか。

 何故、米原さんの攻撃、、が、俺に効かなかったのか。


 ――米原よねはらいつき

 ――生年月日:西暦20XX年7月16日

 ――身長:149cm・体重:??kg

 ――天恵:【改竄士かいざんし】の解析度29%。


 まさか、こんな天恵が存在していたとはな。

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