第四部

第165話 女王、米原樹1

【ポット】が用意した送迎車――という名の装甲戦闘車両に乗り、俺、川奈かわならら、鳴神なるがみしょうの三人は、札幌市の南西……北海道庁付近にあるオフィスビルまでやって来た。

 ……やって来た、のだが、


「何か既視感が……」


 目の前に見えるのは本当にオフィスビルなのか、はなはだ疑問である。


「うわぁ……伊達さん、お城ですよお城っ!」


 そう、川奈さんが指差す先には、先日月見里やまなしさんと誤って入ってしまったラブホテルを……更に巨大にしたかのような幻想的かつ近代的な城ビル?風な建物。


「これ、【ポット】の……?」


 俺が小林さんに聞くと、彼は嬉しそうに頷いた。


「うん、これがウチのオフィス! ポカットキャッスルですー!」

「いいですねいいですね! 伊達さんっ! ウチもこれ参考にしましょうっ!」


 この前まで賃貸がどうとか言ってた美少女とは思えないな。

 完全に持ちビルだよなぁ。これだけの面積……札幌の坪単価を考えると悲鳴が出そうだ。


「カカカカカッ! 女王っつーか魔王でも住んでんじゃねーの?」


 翔が言うと、小林さんがピクリと反応した。


「キミ、鳴神くんでしたねー?」

「ぁ? そうだが、何だよ?」

「今みたいにいっちゃんをおとしめるような発言は、この中で……いや、北海道ではしない方がいいですよ」

「……は?」

「北海道全ての天才を敵に回してもいいのであれば、どうぞご自由に~」


 飄々ひょうひょうと笑いながら言うも、小林さんの目はいささかかも笑っていなかった。

 翔は俺を見、川奈さんを見ると、


「翔さん、ステイです!」

「ぐっ!?」


 川奈さんに手綱を握られてしまった。

 モンスターや【はぐれ】ではなく、天才と事を構える事は俺たちの望まないところ。というより、そんな事になっては、クラン創設前に、俺たちが瓦解してしまうだろう。

 それ程、【ポット】という組織クランは恐ろしいのだ。


「首輪とか用意した方がいいですかねー?」


 無邪気に聞いて来る隣の川奈さんは、その首輪を一体誰に着けようとしているのは疑問である。


「あ、KWKWカウカウで安く売ってますよ! 翔さん、どうです、これ?」


 やはり、翔用か。


「あぁ? もっとトゲトゲしいのが付いてるやつがかっけーだろ?」

「海外の強そうなワンちゃんが着けてるやつですね! 確かに似合うかもしれませんっ!」


 この会話、絶対に噛み合ってないと思う。

 18歳二人の会話を背中に、小林さん先導の下、エントランスを通ってエレベーターに乗る。

 中身は普通のオフィスビルだが、高級ホテルを彷彿するような内装だ。特に通路のレッドカーペット……。

 ビルの最上階まで着くと、そこは庭園のような場所だった。


「おー、屋上庭園ですかー! 素敵っ!」


 川奈さんは目を輝かせながら周囲を見渡す。

 ほぼ全面に張り巡らされた天窓からは適度な太陽光が差し込み、庭園の木々がそれらをちょうどいい感じに遮って、人工的な木洩こもれれ日を演出している。


「いいですねいいですね~……これも参考にしましょう! あ、小林さん、写真いいですか!?」

「人が映らなければいいですよー」

「わーい!」


 この子、昨日全世界に向けて動画にされたんだよなーとか思いつつも、口には出せない俺である。

 木洩れ日の通路を通り抜け、やがて見えてきたのは……え?


「なるほど、女王ってのは嘘じゃなさそうだな、おい」


 翔がそう言うのも無理はない。

 俺たちの眼前に見えるのは、紛れもなく玉座。


「前髪ぱっつんの姫カットですよ、伊達さんっ!」


 黄金の長い髪には二つのリボン。透き通るような色白の肌と、赤い瞳。そして、ほんのり桃色の瑞々しい唇。


「お顔ちっちゃいですぅ!?」


 端正な顔つきながらも、どことなくあどけなさが残る……正に姫。


「お洋服も可愛いですねぇ……ふふふふ」


 ひと昔前に流行ったゴシック風の様相と、現代のアイドルユニットの衣装が融合したような、黒とショッキングピンクを基調としたミニドレス。頭部には、ハートリボンが付いたミニハットを被っている。


「だが、女王ってか、やっぱり姫じゃねぇか?」


 翔が言うも、俺もその意見には同意だ。

 配信チャンネルの樹子姫いつきこひめを、三次元化したらこんな感じなんだろうとは思うが、女王とは程遠い印象。

 この人が……北の【ポット】代表――米原よねはらいつき


「いっちゃーん、連れて来たよー」


 小林さんが言いながら、米原さんに近付く。


「ありがとう、こばりん」


 透き通っているようで籠っている、しかし重みのある声。

 玉座に座る米原さんは、俺たちを眺めるように見た後、俺を見た。

 周囲に控える【ポット】メンバーも、俺たちを見定めているかのような視線だ。


「えっと、初めまして。伊達だて玖命きゅうめいです。よろしくお願いします」

「川奈ららです!」

「鳴神翔だ」


 俺たちが挨拶をすると、米原さんは足を組みかえニコリと笑った。


「米原樹です」


 その不遜で豪胆な態度に、翔の青筋がピクリと浮かび上がったのは言うまでもない。

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