第154話 ◆JCAFの謎5

 玖命の震えに、小林が困惑する。


(毒でも塗られていた? いや……幻覚剤?)

「…………るさん」

「え?」

「あの男……絶対に許さない……!」


 震えながら、怒りながら言った玖命に、何か鬼気迫るものを感じた小林は、ゾクリと肩を震えさせた。


(何この人……怖い)

「ハッ! 何をキレている? やはりDランク……まだまだ修行が足りないな!」


 直後、玖命は阿木の背後をとっていた。


「なっ!?」

「許さん……!」


 反転しながら放った斬り払いに、阿木はかろうじて反応する。


「くっ! かつてない速度! 何をした!? ガッ!?」


 受ければ玖命の魔法剣が届く。

 雷で纏われた嵐鷲あらわしの一撃は、確実に阿木の体力を奪い去った。

 しかもその手には……、


「二刀流!? バカな、そんな情報は!? ガガ!?」


 遅れて届く奥の剣。玖命は大盾を捨て、新たな武器を手にしていた。

 タイミングをずらした玖命の攻撃は、完全なる阿木の防御網に確実な隙を作った。

 小林がこれを逃すはずがない。


「よっと!」

「ぬぅ!?」


 阿木の脇腹を裂く、確かな一撃。


「何と荒々しい……しかも……」


 阿木の視線の先。

 それは、自身が玖命に与えたダメージ。

 すなわち、玖命の肩口にあった。


「既に回復している。なるほど、あの八神やがみが負ける訳だ」


 阿木は更に腰を落とし、ちらりと後ろに目をやった。


はん、手伝え」

「えー? 俺っすかー? ここ離れたら絶対に逃げられちゃいますよー?」

「【剣聖】は逃しても構わん」

「ふーん、それでいいならいいっすけどっ」


 そう言って、銭は阿木の隣へと跳躍した。

 剣を抜き、手には胴体程の大きさの盾。

 銭が隣に立つと同時、玖命はその姿を凝視した。


(【兵卒】からでも構わない。まずは奴の天恵を狙う……!)

「小林さん、お願いしても?」

「事と次第によりますけどねー!」

「奴らの奥の扉から……逃げてもらっていいですか?」

「あー……うん、最初からそのつもりだっけど?」

「その後、――――て、――――きて欲しいんですが」


 声を落とした玖命の言葉に、小林は得心する。


「なるほど、そういう事ですねー……面白い発想です」


 小林は玖命の提案に理解を示し、くすりと笑った。

 その様子を不可解に思うも、阿木と銭は気にするそぶりを見せなかった。何故なら、二人の中で、既に小林は敵の数に入っていなかったのだから。


「それじゃあ、よろしくお願いします」

「ははは、頼まれましたー」


 ◇◆◇ 8月26日 22:00 ◆◇◆


 玖命が小林と合流する2時間前。

 函館では息も絶え絶えの生物が打ち上がった。


「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……つ、着いた……! ほ、北海道っ!!」


 膝に手を突き大きく息を切らす男――鳴神なるがみしょう


「おー、着いた着いた」


 遠くに見える函館の夜景を見ながら、四条しじょうなつめが言った。


「みなさーん! お待ちしてましたーっ!!」


 遠くから二人に挨拶する女――川奈かわならら。川奈が小走りで近付くと、そこに二人しかいない事に気付く。


「あれ? みことさんは?」

「あー、みこと? 今、コンビニでトイレ借りてる。最後の休憩地点からかなり時間空いたからね」

「ほ、本当に泳いで来たんですね……翔さん」


 川奈が翔を見る。

 翔はポケットからくしを取り出し、グシャグシャに濡れて、しなだれた髪を整える。

 ――が、


「くっ!? 海水のせいで、キシキシじゃねーか!? 櫛が通らねー!?」

「はははは……そんな大事か? そのリーゼント」


 言いながら四条が前頭部を指差す。


「ばっか、リーゼントってのは、この後ろに流してる部分の事を言うんだよ! 前に集めてるのはポンパドールとかポンプって言うんだよ!」

「それって、一般的な知識として必要ないだろ」

「カァー! わかってねーな、四条はよ!」

「東京湾から函館までバタフライで泳ぎ切る奴を理解したくねーよ」

「カカカカカッ! 気合いがありゃ何でも出来る!」


 翔がそう言うと、コンビニから小走りでみことが戻って来る。


「あ〜腰痛い……ずっとビニールプールで姿勢維持してたから、脚も腰も背中も全部痛い! よし! とりあえず座れるところ行こ! 棗!」

「今調べてるー」


 スマホをポチポチ打ちながら四条が言う。

 そんな四条に川奈が聞く。


「あ、そういえば伊達さんに連絡がつかないんですよねー。棗さん、みことさん、わかりませんか?」


 すると二人は見合い、みことが首を振ると、四条が川奈に言った。


「確かきゅーめーって月見里やまなしと一緒だったろ? あいつの連絡先なら私が知ってるから、そっちと連絡取ってみるよ」


 四条が月見里やまなしに連絡を入れている間、みことが川奈に聞く。


「ところでららちゃん」

「ん? どうしました?」

「何で、完全武装なんですか?」


 見れば、川奈の格好は、いつも玖命とチームを組む時と同じ物。ゴールドクラスのショートソード、プラチナクラスの軽鎧けいがい、そして、川奈ららのトレードマーク、ミスリルクラスの大盾。


「皆でご飯食べるにも、やっぱり運動した後が一番美味しいと思うんですよね!」


 川奈が言うと、みことは翔を見る。


「翔さんは、もう限界みたいだけど……?」

「はははは、何言ってるんですか、みことさん。翔さんがこれくらいでへばる訳ないじゃないですかー!」


 まるで冗談でも言われたかのような川奈の反応に、みことは乾いた笑いを浮かべ、翔は目を見開いて硬直していた。


「おい、わかったぞ。きゅーめーのヤツ、千歳の工業地域にいるってさ」


 四条の言葉に川奈はすぐにスマホを取り出す。

 その神速のフリック入力には、みことと四条も目を見張る。


「出ました! 車で高速を使えば3時間半!」

「遠い……」

「遠いな……」


 みことと四条は既にぐったりとしている。しかし、対して川奈はとてもイキイキとしている。


「大丈夫ですよ。お二人は私が函館で使ってるホテルで休んでてください。場所は今送りました。部屋はとってあるので、くつろいでてください。私たちも伊達さんのお仕事をお手伝いしたら、すぐに戻りますから! そしたら――」

「「――そしたら?」」


 みことと四条の言葉に、川奈は満面の笑みを咲かせた。


「明日は皆さんと一緒にお食事ですー!」


 そんな意気込みの蚊帳かやの外。

 川奈の背を見ていた翔が、困惑を浮かべる。


「あ、いや……俺様はちょっと……まる2日近く泳いでてな……?」


 しかし、そんな翔の言葉など聞いていないかのような川奈。

 振り向いた川奈の笑みに、翔の心が凍り付く。


「大丈夫大丈夫! 翔さんいつも言ってるじゃないですかー! 気合いですよ、気合い!!」

「い、いや……気合い入れて2日泳ぎ切ったっつーか……って、な、何してやがる、嬢ちゃん……!?」

「見てわかるでしょう? 大盾の上に座ってるんです」


 キメ顔で言う川奈に、疲れ切った翔の頭は思考を止めた。


「考えたんですよー」

「な、何をだよ……」

「調べたところ、千歳までは徒歩2日、電車7時間、車3時間半なんですよね」

「だ、だから何だってんだ!?」

「鳴神翔なら2時間半でしょう?」

「に、2時間半……だと!?」

「さ、翔さん! お願いします!」

「担いで行けってか!? 2時間半! 千歳まで!?」

「あははは、そんな訳ないじゃないですかー」


 川奈の言葉にホッとする翔。

 しかし、川奈の次の言葉は、翔を絶望へと追いやった。


「伊達さんのところまでに決まってるじゃないですかー!」

「「っ!?!?」」


 全てを呑み込む川奈の無邪気な笑みは、その場にいる3人を黙らせた。


「さ、翔さん! 気合いですよ、気合い! ゴーゴーゴーッ!!」


 明日に向かって拳を突く川奈は、既に疲れた翔など目に入っていない。

 空腹を知らせる腹の音を響かせながら、翔は唇を噛み締め、噛み切った。

 顎下に垂れる血が、一滴、また一滴と海岸線を濡らす。

 哀れみを宿したみことと四条の目を背に受け、翔もまた明日に向かった。

 そして――、


「ウォオォオオオオオオオッ!!!!!!」


 孤高の一匹狼が……えた。


「やってやろうじゃねぇかぁあああああボケェエエエエエッ!!!!!!!!」

「ふふふ、ノリノリで面白いですねぇ、翔さん。さ、行きましょうっ!」


 二人とも、テンションこそ最高潮なものの、そのベクトルは明らかに違うという事に、みことも四条も理解していた。

 しかし、口にする事はなかった。

 出来る訳がなかった。


 玖命が小林と合流するまで、後1時間50分。

 玖命と小林が、阿木と銭に接敵するまで、後2時間10分。

 鳴神号が千歳に着くまで――、


「翔さん、頑張ってくださいっ!!」

「根性わってきたじゃねぇか、嬢ちゃん!!」

「あはははははっ!!」

「カカカカカカッ!!」


 後、2時間30分。

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