第153話 JCAFの謎4

「困りましたねー、僕、カメラマンなんですけど……」

「逃げるなんて寂しい事言わないですよね……?」

「勿論、逃げますよー」


 逃げるのかよ。

 まったく、少しは見直したと思ったんだが……まぁ、この剽軽ひょうきんさは彼の個性と言うべきだろうか。


「だけど、逃げ道がないのが現状ですね……それまでは共闘という事でよろしいですかー?」


 俺の名前を呼ばないのは、一応、小林さんなりの配慮なのだろう。

 ……後で動画の編集が面倒臭いのかもしれないけどな。


「それって……逃げ道が出来た瞬間に逃げるって意味であってます?」

「アレを前に最後まで戦うなんてナンセンスだと思いませんかー?」


 くそ、その通りだよ。

 銭の天恵によって阿木の実力は実質第5段階と言える。

 それ程、統率系の天恵は優秀なのだ。

 だからこそ、【大いなる鐘】の越田高幸に対し、多くの天才が畏敬の念を抱いているんだ。もし越田さんが、第5段階の天恵保有者の実力を底上げすれば、それは最早もはや……いや、今はそんな事を考えている場合ではない。


はん、そこを守ってろ」

「言われなくてもそうするっすよー」


 通路は銭が守り、攻撃は全て阿木が担うか。


「【剣聖】小林と……あぁ、お前、羽佐間と八神をやった奴か」


 動画流出した可能性のある八神やがみ右京うきょうはともかく、羽佐間はざまじんの事まで把握してるとは、やはり【はぐれ】のコミュニティも馬鹿に出来ないな。


「となると、二人共厄介だな……米原よねはらいつきでも動けばことだろうしな」

「僕が死ねばいっちゃんが許しませんよー?」

阿呆あほうが、その暗視ゴーグル。逐次動画データを拠点に送れるタイプだろ? LIVE配信だろうがそうじゃなかろうが、どの道この工場は終わりだ。だが、その前にお前らを殺す事は何ら問題ない」


 つまり、逃がさなければいいと。俺たちを殺して、その後逃げれば、米原樹といえども【はぐれ】を捜索する事は困難。


「ところで、あのポータルは一体何ですか?」

「確かに、ここまで潜ったのだ。アレを見ているのは仕方ない。だが、それを答える義務がこちらにあると?」

ポータルを発見したら通報する義務が一般市民、天才にはあるはずですが?」

「はははは、面白い事を言う餓鬼がきだ。だが、こうしている間に対策を打たれる訳にはいかないのでな。まぁ……死ぬといい」


 直後、工場全体を覆うような強い殺気を感じた。


「まっず!?」


 俺は咄嗟に近くにあった大盾を拾い、ソレを受けた。

 ソレとはすなわち、阿木の槍による強烈な払い攻撃。


「ぐっ!?」


 単純な突きで来ないあたり、俺と小林さんを一気に殺そうとしている。それだけ自信のある攻撃だったに違いない。


「ほぉ、耐えたか」


 何とか耐えられた……だが、大盾はたった一撃でひしゃげてしまった。


「それ、プラチナクラスの大盾ですよね?」


 小林さんが顔に焦りを浮かべながら聞く。


「今、そんな情報……聞きたくなかったです」


 俺の嘆きも、小林さんには届かない。

 だが、その後、小林は思いもしない提案をしたのだ。


「…………援護してくれれば、何とかふところに入ってみせます」

「いけます? あ、でも抜け駆けして逃げるつもりでしょう?」

「嘘は吐きたくないので、言っておきます。そうですね」


 彼の性格が段々わかってきた気がする。

 そして、徐々に心を開いてくれているのも。

 ともあれ、まずい状況には変わりない。

 やるしかない。

 ……【超集中】。


 ――天恵【考究こうきゅう】を開始します。


「ハッ!」


 まずはファイアボールで牽制。


「既にお前の情報は手の内にある! カッ!」


 槍を振り上げ、ファイアボールを掻き消す阿木。

 その隙を見て、俺と小林さんは駆け出した。


「よっ!」


 先に攻撃を仕掛けたのは小林さん。

 上段から振り降りてきた槍を受け……流した。


「上手い!」

「そうそう、僕は褒められて伸びるタイプなんですよっ!」


 軽口を言っているようでも、小林さんの表情が曇る。やはり、かなり重い攻撃……!


「なら合わせてください!」

「おーけーボス」

「「ハァ!」」


 小林さんの上段、俺の下段攻撃。


「しゃらくさい……!」

「「っ!?」」


 阿木の一撃で、完全に攻撃を弾かれてしまった。しかも、完全にタイミングを合わせられた。


「くっ、もう一度!」

「わかってますって!」


 防御は愚策。

 ここは、攻め続ける事でしか生きられない。

 まずは俺がフェイントをかけ、小林さんの攻撃への意識を薄れさせる。それだけで、小林さんの攻撃が更なるフェイントとなる。


「甘い!」

「そこっ!」


 身体を大きくひねりながらも、奴が受けてくれさえすれば……!


「むっ!? ガッ!?」

「よし!」

「ハハハハ! これが噂の魔法剣か! だが――」


 何だと!?


「ぐっ……!」

「――私の今の防御力を甘く見るんじゃない」


 肩口を貫いた一撃。傷自体は回復魔法で何とでもなる。軽鎧けいがいの防御力が役に立った。

 だが、それよりも重大な事がある。

 これはゴールドクラスの軽鎧……。


「ハハハハ! 何を震えている! 初めての修羅場でもないだろう!?」

「だ、大丈夫ですか!?」


 小林さんの心配する声が聞こえたような気がする。しかし、俺はそれに反応する事ができなかった。


「お、俺の……」


 俺の……きゅ、きゅうじゅうきゅうまんえん……!

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