第146話 自然のままに

 ◇◆◇ 20XX年 8月25日 ◆◇◆


「だ、伊達! こ、断ってもいいから! 無理に引き受けなくても時期を見て改めて――」

「――構いませんよー。でも、道民の多くは【姫天ひめてん】の視聴者ですからね。いっちゃんが一声かければ、すぐにウチのメンバーに見つかるという事……お忘れなくー」


 つまり、時期を変えようとも、人を変えようとも、【JCAFこの】件は【ポット】の視界から離れる事はないという事。


「小林……情報部所属の私を前にその言葉、本当にその意味を理解して言ってるのね?」

「勿論ですよー? ウチは脅しには屈しませんからねー」

「そ、それはこちらの台詞よ!」

「世間はどう見ますかねー? 僕たちは事件の全貌、未知の天恵をつまびらかにしたいだけ。対して、それを隠蔽いんぺいしようとする派遣所の体質。どちらが批判対象となるか、情報部の人がわからない訳じゃないでしょー?」

「っ! とんだたぬきね……!」

「この件が解決されても、世間に流れるニュースはその一部。情報規制は僕たちが何より嫌う事だよ?」

「……でも、伊達の天恵は――」

「――だからー、重要な部分はボカすんですからー。こっちは、伊達さんの天恵の存在だけを世間に公表したいだけ。彼と天恵が一致しなければ問題ないでしょー? ねぇ、伊達さん」


 言いながら、小林さんはニコリと笑って俺を見た。

 確かに、俺の顔や名前、それと天恵が一致しなければ、個人情報とは言えないだろう。

 それに、未知の天恵が世間に公表される事は、悪い事だとは言えない。世界は天恵にあらゆる可能性を見ている。

 俺の天恵が世界の役に立つのであれば、公表するのもやぶさかではない。

 重要なのはタイミング……それが今ではないという事は、俺にもわかっている。

 せめて、Cランクとなり、クランを創立していれば……そんな事を悩む必要もないのだろう。

 ――が、どうやら俺はここで選ぶしかないようだ。


「わかりました、小林さんの同行、及び侵入時の撮影を許可します。ですが、こちらからも条件を」


 そう言うと、小林さんの目元がピクリと反応する。


「へぇー、条件ね。まさか伊達さんから出してくるとは思いませんでしたよ。何です? 一応聞きますよー?」

「公開する動画は、天才派遣所の監修を受ける事。これでいかがです?」


 言うと、小林さんは目を見開き、月見里やまなしさんもポカンと口を開けた。

 小林さんは、その後、硬直したと思ったら盛大に噴き出したのだ。


「ぷっ、あはははは! そりゃいい。確かにいい落としどころだね。正直、感心しちゃったよー。はははは、君、面白いねー」


 言いながらも、その目は一切笑っていない。


「僕はいいと思いますよー? 僕はね?」


 そう、彼にその決定権はない。

 だから確認せざるを得ないはずだ。

樹子姫いつきこひめのGoToヘブンチャンネル】……そのメインパーソナリティー【米原よねはらいつき】に。

 小林さんは、ふところからスマホを取り出し、その場で電話を掛けた。

 しばらくすると――、


「あ、いっちゃーん? 僕僕ー、そうそう、こばりーん。うん、うん……会ったよー。今、目の前にいる。うん、結構強そう。僕と同じくらい……かな? うん、そうだね。早く彼が戦ってるところ見たいよねー。あ、そうそう。だから電話したんだよー。彼がね? 同行の許可はくれたんだけど、その代わり、公開する動画は派遣所の監修を通す事が条件だってー。うんうん、そうだよねー。面白い人だよ、あはははは! え? 終わったら? 事務所に? うん、わかった。聞いてみるー」


 小林さんは俺を見て言った。


「仕事が終わったらいっちゃんが『会いたい』って」

「俺に……ですか?」

「うん、時間ありますー?」

「えーっと、帰りの飛行機の時間次第ですけど……」


 俺は言いながら月見里やまなしさんを見た。

 彼女はこくりと頷き、俺に返答を任せてくれた。


「わかりました、では仕事が完了次第、【ポット】の事務所にお伺い致します」


 言うと、小林さんは再び通話に戻った。


「だってさー。聞こえた? うん、それじゃあ仕事が終わったら連絡するねー。うん、だかと編集ポイントは上手くやるよー。任せていっちゃん。それじゃあねー」


 そんな小林さんの通話が終わると、俺たちはようやく打ち合わせに入る事が出来た。


「さっきの条件で問題ないとの事です。……それじゃあ、色々準備があると思うから26日24時……27日の0時に千歳で落ち合いましょー。そこで最終確認の後、伊達さんのタイミングで【JCAF】へ侵入……どうです?」

「結構です。これ、俺の連絡先です」

「ははは、伊達さん、人がいいですねー」

「いえ、今後もいつどんな付き合いがあるかわかりませんから」

「はは、いいね。僕、伊達さんみたいな人好きだなー。どう? 【ポ狩ットウチ】に入る気ないですかー? 今なら僕が全力でいっちゃんを説得しますよー?」

「ありがたいお話ですけど」

「そっかー、残念ですー。それじゃあ、これ。見取り図です」


 そう言って、小林さんは丸めた見取り図を俺に渡してくれた。

 その後、小林さんが出て行ったレンタルルームで、俺たちは椅子の背もたれにどっと身体を預けたのだった。


「「はぁ~~……」」


 月見里やまなしさんと息が揃ってしまったのも無理はない。中々の緊張状態だった。


「あー……疲れた」


 戦闘とは違った精神的疲弊。

 北の【ポット】か。

 ある意味、こういった活動もクランの在り方と言えるのだろう。

 いやはや、大変なところに来てしまった。

 そう思い、俺はまた深い溜め息を吐くのだった。

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