第145話 小林の情報

「これが、Japanジャパン Creativeクリエイティブ Armsアームズ Factoryファクトリー……通称【JCAF】の見取り図ですねー」


 ……情報提供者と聞いていたが、まさかここまで詳細な見取り図があるとは思わなかった。

 こんなの、内部からの協力がなければ手に入らないだろう。

 だとしたら、おそらくこの小林こばやし涼平りょうへい……いや、【ポット】がこの件に絡んでいると見て間違いない。

 月見里やまなしさんも驚いているようで、俺をちらりと見た後に言った。


「よく、ここまでの情報を手に入れたわね」

「ははははー、いっちゃんからの指示でね? あらゆる手段を使って手に入れましたよー」


 やはり、しかもそれを隠すような事をしない。

 米原よねはらいつきの指示だとしたら、一体狙いは何だ?

 念のため、その部分を突いてみるか。


「小林さん」

「何だい?」

「何故、米原さんはここまで? ここまでの情報……おそらく今回の情報提供の報酬に見合わないんじゃないですか?」


 言うと、小林はこてんと首を傾げた。


「そんなの、悪い人がいない方がいいからに決まってるじゃないですかー」

「な、なるほど……?」


【ポット】は「自然のままに」を掲げるクラン。

 その自然を害する存在や企業を嫌うという事……だろうか?


「あ、でもね」


 そう言って、小林さんは見取り図をくるりと丸めた。


「この情報には一つ条件があります」


 小林さんの言葉に、月見里やまなしさんがピクリと反応する。


「それは……どういう事?」


 若干の怒気。

 まぁ、いきなり情報提供を断られる可能性が出てきたのだ。情報部の一員である月見里やまなしさんには顔を潰されたも同然。怒って当然だ。


「なーに、伊達さんの返事一つで渡しますよー」

「伊達の?」

「お、俺のですか?」


 そう聞くと、小林はタブレット端末を横に向け、俺たちに見せた。


「じゃん! 【樹子姫いつきこひめのGoToヘブンチャンネル】!!」


 見せられたモニターには、桃色のツインテールの二次元美少女キャラクターが、可愛らしく拳を突き上げる構図の画像が貼られたユーザーチャンネルが映っていた。


「「こ、これは……!」」


 余りの衝撃に、俺と月見里やまなしさんは見合ってしまった。


「いっちゃんのチャンネルだよー」


 ――樹子姫いつきこひめのGoToヘブンチャンネル。

 通称【姫天ひめてん】と呼ばれる超有名な動画投稿主の配信チャンネル。

 それもそのはずで、全世界1000万人がチャンネル登録し、二次元キャラクター【樹子姫いつきこひめ】に声を当てるのは【ポット】代表の【米原樹】。

 彼女を有名たらしめる要因の一つがこのチャンネルだ。

 主な配信内容は天才の天恵について。汎用性の高い天恵から、有名、無名の天恵を紐解き、一般人に理解を広めるために米原自身が世界に向けて天才の理解を得るために始めたチャンネル。

 世界向けにあらゆる言語に翻訳され、世間的、世界的に認知度の高いチャンネルである。

 俺も何度か観て、参考にした事もあるくらいだ。

 しかし、何故今このチャンネルを……?

 だが、隣に座る月見里やまなしさんは何かに気付いたようだ。彼女は俺をぷるぷると指差し――、


「ま、まさか……?」


 それだけ言った。

 すると、小林さんは嬉しそうに頷き、俺に言ったのだ。


「そう! このカメラマン【こばりん】を同行させて、伊達さんを撮らせて欲しいんですよー!」


 そう、満面の笑みで。

 俺は硬直し、彼の言葉を呑み込もうとした。

 が、そんな事は小林さんがさせてくれなかった。


「あ、勿論、顔は隠しますよー。ウチの編集マンは優秀なんで、しっかりモザイクかけさせて頂きます! LIVEライブ配信にはしないので、【JCAF】の悪事が判明しなかった場合、その動画が表に出る事はありませんからー!」

「つ、つまり……伊達が撮影を許可すれば、その見取り図を渡して頂けると……?」


 月見里やまなしさんはアホ毛を立たせながら聞く。


「はいー」

「ま、まさかチャンネル内で有名な裏方【こばりん】が【剣聖】小林だったとは……」


 そう言って、月見里やまなしさんは頭を抱えた。

 なるほど、彼女は【姫天】の視聴者だったのか。

 小林涼平……確かに【こばりん】だ。


「それで、どうですー? 引き受けて頂けますかー?」


 小林さんの言葉に、俺はようやく理解が追いつき……やはり黙ってしまった。

 月見里やまなしさんが心配そうに俺を見る。


「伊達、アンタが断っても情報部から責任を追及するような事はないわ。あの見取り図がなくたって――っ!?」


 直後、この場の空気が変わった。

 小林さんが怪しい笑みを浮かべたのだ。

 それだけで俺たちは理解した。


「【ポット】の縄張りですからー? 伊達さんがいつ【JCAF】に忍び込もうともわかっちゃいますよー? そしたら、ウチのメンバーが何をするかわかりませんよー? 【JCAF】の外でお祭りでもしようかなー?」


 なるほど……俺たちに断る手はないという事か。

 俺が忍び込んだ瞬間に、侵入がバレる。いや、小林さんはバラすと言っているのだ。つまり、これは大手クラン【ポット】から天才派遣所への情報開示請求。

 俺は、小林さんに聞いた。


「米原さんは、どこまで俺の事を……?」

「さぁどうでしょう。いっちゃんは秘密が多い人だからねー。でも、他者の秘密は許さない人だから……ね?」


 そう言って、小林さんはちらりと月見里やまなしさんを見た。

 肩をビク付かせる月見里やまなしさん。

 なるほど、「自然のままに」か。

【ポット】は【JCAF】は勿論の事、【俺たち】の事も異物として捕捉しているという訳だ。

 米原樹…………恐ろしい女。

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