第139話 顔見知り

「あれ……?」

「はぁ~……何で私なのかなぁ……」

「もしかしなくても……月見里やまなしさん?」


 俺は、調査課の人間と合流する手はずとなっていた。

 チェックインカウンターの前で待ってたのは、先日俺と鬼ごっこをした、情報部調査課スカウト班――月見里やまなしあずさ。サングラスをかけていて中々大人っぽい。


月見里やまなしさん、スカウト班ですよね?」

「山井さんと鳴尾なるおさんの指示よ。知らない人間よりかは、面識のある私のが都合がいいだろうって」

「へぇー……」

「あのね? 普段ならこんな事、絶対ないんだからね? 調査課がただの天才にここまで気遣うなんて、過去例なんかないんだから」

「体制が徐々に変わってきてるんですね。お気遣い頂きありがとうございます」

「いや、そうじゃないんだけど……まぁ、いいか。それじゃ私に付いて来て。天才証明は持ってきてるわね?」

「はい、持ってきました」

「荷物……主に武具ね。預ける時にそれを提示して。じゃないと叩き出されるから」

「は、はい!」


 本当に天才派遣所の凄さを思い知る。

 こんなにも世界に影響を与えている組織に……俺は所属しているのか。

 隣に座っていた月見里やまなしさんは、「ファーストクラス最高~~っ!」と言いながら色んな酒を呑んでいた。

 どうやら飲み放題らしいが、あんなに呑んで大丈夫なのだろうか。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「お~確かに結構涼しいなぁ……」

「おぉぉおおっ!? うっぷっ!?」

「だから飲み過ぎだって言ったでしょう?」

「うぅ……い、いいの~……タダ酒は悪酔いしないんらかりゃ」


 どんな理屈だそれは。

 こりゃ、完全に酔ってるな。


課長なるおさんにバレても知りませんからね?」

「らいよーぶ! 今日はもー寝るらけらしー~ぃ? うぃっ」


 語尾が不安定過ぎて不安だ。


「それで、どこに行けばいいんですか?」

「んー」


 すると、月見里やまなしさんは一枚の紙を渡してきた。

 どうやら今夜宿泊するホテルの場所らしい。


「じゃあ、走って行きます?」

「あんらばか~? 税金は使っれこそよっ!」


 とんでもない発言である。


「ぁい」


 月見里やまなしさんが渡して来たのはタクシーチケットの束。

 こ、これを受けとっていいのだろうか?

 これは、月見里やまなしさんの手から使われるものではなかろうか?

 そんな事を考えている内に、月見里やまなしさんはタクシーを捕まえていた。


「あい! いっちょあがり~~!」


 今まで絡んだ事のないタイプの女の人だな、この人。

 俺たちはタクシーのトランクに荷物を積み込み、後部座席へ乗り込む。


「あの、ここにお願いします」


 俺は運転手の人に月見里やまなしさんから受け取った紙を渡した。

 すると、運転手はホテルの名前を見ただけで「あー、ここね。大丈夫、近道知ってるよ」と言って快諾してくれた。

 流石はプロである。

 ホテル名はホテルシャインエンペラー。仰々しい名前だが、調べてみると案外普通のホテルだった。どうやら内装を城のように豪華にし、訪れる観光客に人気の、評価の高いホテルのようだ。


「ありがとうございましたー!」

「……………………ん?」


 荷物が置かれ、肩には酔いつぶれた月見里やまなしさん。

 そして、俺の眼前にあるのは……「プリンセス&エンペラー」と書かれたピンクネオンの看板。


「…………ん?」


 内装が城? いや、どう見ても外装が城なんだが?


「ん~~……着いら~?」

「あ、いえ、何か違うっぽいんですけど……」

「らに言ってんのよ~? 城! ほらお城っ! ね!」

「いや、これは多分観光客が泊まるタイプのホテルというか……どう見ても……あ、あの! ちょ! 月見里やまなしさんっ!?」


 ぐいぐいと引っ張る月見里やまなしさん。俺は置き去りになりそうな荷物を何とか片手で持ち、月見里やまなしさんに引かれて行く。

 ピンク色の変な暖簾のれんのようなものを潜り……視界に見えたのは……沢山のパネルとその隣に付いているボタン。


「こ……これは……!」

「ここ! ここにしよ~! ねっ!?」


 そもそもここじゃないぞ!?


「あの、月見里やまなしさん……」

「きまりぃい~~~……うっ」


 あ、ヤバイ。これ決壊寸前だ。


 口元を押さえる月見里やまなしさん。

 がしかし、ここで決壊すれば掃除代を請求されてしまうっ!?

 いや、営業妨害という事で損害金!? 慰謝料!?

 こ、これは……まずい!


「ちょ! ちょ! ちょ!? や、月見里やまなしさんっ!?」

「うぅ~~……うぷぷ~?」


 あ、ダメだこれ。

 俺は仕方なしと判断し、すぐに月見里やまなしさん希望の部屋のボタンを押し、エレベーターに乗った。乗ってしまったのだ。


「な、何だここはっ!?」


 部屋のドアを開けて驚く。

 まるでどこかの宮殿のような内装。

 天蓋てんがい付きのクイーンサイズのベッド。絢爛豪華けんらんごうかな調度品。ベッドの前に見える……ガラス張りのジャグジー風呂。


「うぅ……ぴっぴっぴ……」


 まずい、何か月見里やまなしさんがタイマーみたいな口調になった!?


「ぴっぴっぴ……」


 どんどん音階が下がって行くっ!?


「はっ!? ト、トトトトイレッ!?」


 俺はこの月見里やまなしタイマーが最後の音階を踏まない内にと、部屋唯一の扉を開けた。


「へぁ!?」


 トイレっぽい……と思ってしまったのは、照明ライトの色が異常だったからだ。俺は、こんなトイレを見た事がない。


「うっすらピンク色……だと!?」







 ◇◆◇ 後書き ◆◇◆


深夜に「ラブホテル 内装 間取り」を検索する作者の憤りを理解してくれる同志はいないものか?

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