第140話 ◆目覚めてプリンセス

 月見里やまなしあずさの朝は早い。


「うぅ……あ、頭が……」


 昨日のファーストクラスでがぶ飲みしたアルコールが、月見里やまなしの頭痛を引き起こすからだ。

 ガンガンと響く頭痛に悩まされながらも、月見里やまなしはベッドから泳ぐように這い出る。


 トイレの扉の隣に洗面台を見つけた月見里やまなしは、その蛇口を捻り、コップに水を入れる。

 コップ一杯の水を飲み、また一杯。

 そして、三杯目の水をコップに入れ、またベッドへと戻る。

 ナイトテーブルに水を置き、俯きながら頭痛と戦う月見里やまなし

 足下に見える真っ赤な絨毯。

 それを見て、月見里やまなしが呟く。


「ふっ、情報部も伊達には金を出すのね……もう少し私に恵んでくれてもいいのにねぇ……」


 言いながら、月見里やまなしは仰向けに倒れる。

 眼前に映るベッドの天蓋と、目の端に見える煌びやかなシャンデリア風のライト。


「ライト? ……ライト?」


 シャンデリアではなく、シャンデリア風。

 どこか部屋に違和感を覚える月見里やまなしは、顔を横に向けた。


「……ん?」


 見れば、そこにはガラス張りの浴室。

 部屋からも浴室が見え、どう見ても、浴室からも部屋が覗ける仕様。


(何か……部屋、おかしくない?)


 一つの部屋に、洗面所、トイレ、浴室、ベッドがある不思議。


「…………んっ?」


 次第に覚醒する意識。

 ぱちくりさせながら再び部屋を見渡す。

 壁には壁掛けテレビ。トイレから漏れるピンク色の光。ベッドの枕元には「0.01mm」と書かれた個包装のナニカ。

 月見里やまなしは紫色のソレを手に持ち、プルプルと震える。


「……………………ん゛っ!?」


 遂に月見里やまなし梓は覚醒に至った。

 正に飛び起きるを体現した月見里やまなしは、三度みたび部屋を見渡す。

 脱ぎ散らかされた自身の服。

 では自分の服は……?

 そう思い、今一度洗面台の前に立つ。

 洗面台の鏡に映ったのは、バスローブ姿の月見里やまなし梓。


「だ、大丈夫……い、いつもの可愛い天使ちゃんじゃん」


 そう言いながら自分を褒め称え、胸元を隠すように腰の紐をきつく締める。

 直後、月見里やまなしはとんでもないモノを目にする。


「ひぁ!?」


 天井を突き抜けるような高い間の抜けた声。

 月見里やまなしの視界に映ったソレは、手元にある個包装と、全く同じもの。

 床に落ちていたソレは、既に開封済みであり、中身は……ない。


「ま、まままま待て……おちおち落ち着け私! 私は世紀の美女、落ち着いて私……! 大丈夫、大丈夫よ……大丈夫……うん」


 大きく深呼吸する月見里やまなしは、静かに目を閉じる。


(き、昨日はえーっと……伊達と飛行機に乗って……そう、ファーストクラス! 最高の1時間半! 飲み放題で、飲み放題で…………飲み放題……で? ………………あれ?)

「お……思い出せない……!?」


 月見里やまなしは少しでも記憶を呼び起こすべく、周囲を見渡す。

 すると、トイレから物音が聞こえたのだ。

 月見里やまなしにとっては、余りに唐突な出来事。

 そんな出来事に、本能的に退避行動が起きた。

 天恵【脚力S】を持つ月見里やまなしは地を蹴り、壁を蹴り、天井隅を背とした。見据える先は、当然、トイレ。

 水の流れる音と、深い溜め息のような音。

 そして開かれる扉。ガチャという開閉音と共に現れたのは、昨晩月見里やまなしを部屋に連れて来た伊達玖命。


「あ」


 玖命のその声に、その姿に、月見里やまなしは絶句する。

 あんぐりと口を開ける月見里やまなしの視線の先には、同じくバスローブを羽織った玖命がいたのだった。

 瞬間、月見里やまなしは玖命に肉薄する。


「ああああああああああああああんた! 嫁入り前のこの大事な身体に何してくれちゃってんのよっ!? いやいやいやいや! 言わなくていいの! ていうか絶対言うな! 口を開くな最低男! ちょっと女が酔ってたからってこんなところ連れて来るっ!? あああありえないでしょっ! た、確かに今はかかか彼氏とかはいないけどぉ!? その内出来る予定なんだから今この身体を傷物にされてたまるもんですかっ! ていうか、どう責任をとるっていうのよっ!? 派遣所の収容所でしばらく臭いご飯でも食べる事にだってなり得るんだからねっ!! わかってんのっ!? えぇっ!?」


 月見里やまなしは玖命を壁に追い込みながらも気付く。

 玖命が両手を挙げながら困惑している姿を。

 しかし、今の月見里やまなしが気になったのはその視線の先だった。


「み゛ゃっ!?」


 言葉にならないような悲鳴。

 月見里やまなしが見つけたのは、部屋の隅に置かれた玖命のスマホだった。見れば、充電ケーブルを繋げながらチカチカと光っている。

 それは調査課にいる月見里やまなしには容易に理解出来た。


「ろ、録画中っ!?」


 甲高い悲鳴のような拒絶。

 月見里やまなしは自身の肩を抱き、再び部屋の隅まで後退した。

 玖命は離れた月見里やまなしをちらりと見つつ、洗面台で手を洗い始めた。

 絶望を顔に染める月見里やまなしは、鯉のようにパクパクと口を開け閉めし、手を拭き、スマホを持ってきた玖命を見上げる。


「20XX年8月25日録画終了」


 そう言って、玖命は録画を終える。

 玖命はそのまま月見里やまなしにスマホを見せ、こう言った。


「観ます?」

「にゃにをっ?」


 半泣き状態の月見里やまなしに、呆れ顔の玖命。


「昨晩の月見里やまなしさんの醜態を、ですよ」


 その言葉に、月見里やまなしは遂に崩れ落ちてしまった。


「しゅ……醜態……!?」


 月見里やまなしの反応に困った玖命は、大きな溜め息を吐いた後、それを再生するのだった。

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