第137話 駆け上がる少女

「お、おおおおおめでとうございます!」


 モンスター討伐中、急に川奈さんが祝福を述べた。


「……はい?」

「て、ててて天恵が成長しました!? 天恵【聖騎士】を取得しましたぁっ!?!?」


 眼前に表示されたメッセージウィンドウを全部読み上げたな、川奈さん。


「何で!? どうして!? 私、まだEランクなのにっ!? だってついこの前!? 【上級騎士】に成長したばかりなのに!?」


 混乱する川奈さんに、俺は新たなモンスターを連れて行く。


「川奈さん、おめでとうございます。追加のサハギンです!」

「祝辞とモンスターが一緒にっ!?」

「また耐えましょう」

「え、でもさっきまで倒してって……!?」

「もう3体くらい連れてきますね!」

「ちょ、ちょ!? だ、伊達さーん!?」


 良い調子だ。

 川奈さんが【聖騎士】になった事で、チームの安定感が更に上がった。最早もはや、上位ランカーたちのチームと比べても遜色ないレベルと言えるだろう。


「凄い! 凄いですっ! サハギンの攻撃が全然重くないです!?」

「いいですよ! このまましばらく耐えてみましょう!」

「は、はいっ!」


 ――天恵:【聖騎士】の解析度0.1%。


 …………80秒で0.1%。

 800秒で1%。8000秒で10%と考えると……133分くらいか?

 技術リソースが75%で一杯になる事を考えると、16時間半とちょっと?

 悪くない効率だが、サハギン相手ではこれが限界か。


「「カッカッカッカッカッ!!」」

「あの、伊達さん? この前みたいにずっと耐えてればいいですか?」

「ん~……そのまま16時間くらい耐えられます?」

「いくら天才でも、それは人に求める時間じゃないと思います……」

「や、やっぱり大変ですよね……ははは」

「大体っ! 【騎士】系が耐えるのは普通は一瞬なんですよ!? この前だって3時間くらい頑張ったんですからね!」


 確かに、精神的疲労を考えれば、川奈さんのげんもっともだ。

 川奈さんの言う通り、壁役シールダーは敵の猛攻を一瞬だけ引き受け、その間に攻撃役アタッカーが、すきいて敵を倒すという流れが世間一般でいうチームの戦い方だ。

 こうまでして壁役シールダーに敵の攻撃を当て続けさせるという暴挙は…………やはり普通の感覚ではないのだろう。

 俺がそんな事を考えてると、川奈さんは何かを諦めたように深い溜め息を吐いた。


「…………はぁー……わかりました。わかりましたっ! 4時間です!」

「は?」

「4時間だけお付き合いします! それで4日! 合計16時間でどうですかっ!?」


 なるほど、それは中々悪くない。

 だが、それではちょっと足りないのだ。


「ご、5時間半!」

「んな!? ちょ、ちょっと伊達さん! いきなり要求が跳ね上がったんですけどっ!?」

「5時間半なら三日で済みますよ!」

「プレゼン出来る立場ですかぁっ!?」

「目指せ【天騎士】っ!」


 俺が親指を立てると、川奈さんは頭をぐわんぐわんと回した。

 まるで、葛藤と戦っているように見えた。目の前にいるのはサハギンなのに。


「んもう! 伊達さんって、戦いの事になるとホント鬼畜ですよねっ!!」

「き、鬼畜……!?」

「わかりました! あー、わかりましたっ! 5時間半、三日間!! やってやろうじゃないですかっ!!」


 がるると俺を威嚇した川奈さんは――、


「ふんっ!」


 鼻息荒く意気込んだのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「――くっ! くくくくっ!?」

「……5、4、3、2、1……0」

「終わり! 終わりですよねっ!?」

「えぇ! お疲れ様ですっ!」

「じゃ、じゃあ――」

「――じゃあそのサハギンたち、もう倒して大丈夫ですよっ!」

「鬼っ! 悪魔っ! ブギーマン!! 伊達さんの馬鹿ぁっ!!」


 ブギーマンって悪態は初めて聞いたな。

 川奈さんは本当に頑張った。ちゃんと【聖騎士】の解析結果も25%を超えてるし、【天騎士】すらも視野に入れるような段階に入っている。

 これはやはり、【天眼てんがん】という天恵と、【考究こうきゅう】という天恵を扱える俺だから検証し、証明出来た事。

 川奈さんも薄々気付いているのだろう。

 だから、俺の無理も聞いてくれた。


「うぅ、この前は新宿でお気に入りのお店に行きたかったのに、結局ラーメンになっちゃって、今日は気になるコスメの新発売だったのに、ぬめぬめした魚顔のモンスターと5時間半も向き合って、それが、明日? 明後日もっ!? あと11時間っ!?!?」


 川奈さんが先程から物凄いブツブツ言ってる。

 やはり休みを用意した方がよかっただろうか?


「……よし! 伊達さんっ!」

「は、はい?」

「私、決めました!」

「な、何でしょう……?」

「明々後日から、私、お休みを頂きます!!」


「明々後日から」と言うあたり、川奈さんの責任感がうかがえる。

 確かに、彼女にこれ以上の負担は危ない。

 俺が性急すぎたというのもあるだろうし、ここは笑顔で送り出すべきだ。


「も、勿論構いませんよ、ははははは」

「ヤケ食いですっ!」

「は、はぁ?」

「ちょっと小旅行に行って、リフレッシュしてきますから!」


 そう言って、川奈さんはふんすと大きく鼻息を吐いたのだった。


 ◇◆◇ その夜 ◆◇◆


「よぉ玖命、来たか」

「悪いな、無理言って」

「カカカカッ! 玖命がギャラ半分で働いてくれるってんだ。俺様が断る理由はねぇよ!」

「中の様子は?」

「いつも通り、リザードマンがうじゃうじゃだ。モンパレ程じゃねーが、しばらく倒してねぇから数十体はいんぜ? で、何時間やるんだ?」

「とりあえず、明日の川奈さんとの約束が12時だから……15時間くらいかな」

「おいおい、寝る時間ねぇーんじゃねーの?」

「明後日までだから平気だよ」

「んま、俺様も数日戦うってのはやった事はあるし、止めはしねーよ。カカカカッ! 嬢ちゃんが知ったら怒られるだろうけどな!」

「はははは、川奈さんが頑張ってるのに、俺が手を抜ける訳ないじゃないか」

「ふっ、吐いた唾は呑めねぇゾ?」

「そんなの、今までずっとやって来たよ」

「カカカカカッ!! い~気合いだ。リザードマンたちが気の毒だなっ! そんじゃ、俺様は帰って休ませてもらわぁ!」

「あぁ、ありがとな」

「ダチが礼言ってんじゃねーよ。気合いで示して心で返せや、ボケ」


 そう言って、翔は夜の闇に消えて行く。

 俺はいつぞや翔と入ったKWNカウン子会社の管理区域に入る。

 巨大な城のダンジョン内を歩き、多くの視線がまとわりつく中、エントランスの中央へ立つ。

 闇から薄暗いエントランスへと現れる無数のリザードマン。

 俺は腰を落とし、嵐鷲あらわしを構える。


 ――【考究こうきゅう】を開始します。

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