第136話 ◆報告

 東京、中央区に存在する天才派遣所の総本部。

 地上60階の統括所長室のドアにノック音が響く。


「入んな」


 天才派遣所統括所長――荒神あらがみかおるが眼鏡を通す鋭い眼光でドアを見る。

 ドアが開き現れたのは、先日玖命と戦ったばかりの山井やまい意織いおり


「よぉ、久しぶりだな、荒神さん」

「意織じゃないか。この前電話で話したろう?」

「はははは、やっぱ直接面ぁ突き合わせないとなぁ」

「それで何だい? 本部に顔を出すまでの事かい?」

「あぁ、伊達玖命の事でな」


 山井が言うと、荒神の手がピタリと止まる。


「…………報告しな」

「ははは、やっぱり気になってたんじゃないか。私に伝言まで頼んだのなんて、あの越田高幸以来だろう?」

「牽制だよ、私が伊達って男を認識してるっていうね」

「その牽制すら無駄になるかもな」

「どういう事だい?」

「面白いチームだ」


 言いながら、山井は机越しに三つのファイルを荒神に渡す。


「チーム……」


 荒神はそのファイルの紙を一枚一枚めくる。

 そして、最初の情報に目を留める。


「鳴神翔? あんなじゃじゃ馬が伊達の下に付いてるのかい?」

「はははは、ボコボコにやられちまった」

「意織が?」

「まだ派遣所には報告してないが、ヤツはおそらく【拳皇】にまで天恵を成長させている」

「【二天一流にてんいちりゅう】持ちの意織が追い込まれたってんなら、そういう事かもね」

「そういう事だ」


 ニカリと笑う山井。

 荒神は二つ目のファイルを開く。

 資料にあった名前は――伊達玖命。


「……総合評価SSダブルマイナス? 冗談じゃないんだろうね?」

「実際に伊達と戦った私の言葉を疑うと? まぁ、現に伊達と戦ったからこそ、鳴神に不覚をとったとも言えるな」

「こっちは言い訳を聞きたいんじゃないんだよ」

「はははは、悪かったな。そうだ、冗談ではない。しかもそれは現段階の力だ」


 ちらりと山井を見る荒神。

 すると、荒神はリモコンを操作し、奥に置かれた大画面のモニターを起動したのだ。

 山井はその意図を理解し、モニターへ目を向ける。

 映し出されたのはホブゴブリン5体と戦う玖命の姿。


「これは……伊達か?」

「2ヶ月前の映像だよ」

「………………強いが……剣が荒いな」

「次」


 言いながら、荒神が次の映像を出す。

 モニターに映し出されたのは、八神やがみ右京うきょうと戦う玖命。


「……これは私も観た」

「1ヶ月前の映像だね」


 荒神がそこまで言うと、山井は荒神が何を言いたいのか理解し、黙った。


「で? 伊達がSSダブルマイナスだって?」

「……まぁ、そう、だな」

「最初のホブへの太刀筋は、どう見てもBかAがせいぜい。だけど、1ヶ月後にはSランクの城田英雄しろたひでお――八神右京を降した。そして今日、意織……アンタは伊達をSSダブルマイナスだと言った。じゃあ、1ヶ月後には、伊達はどうなってるって言うんだい?」


 そこまで言われ、山井はもう考える事を放棄した。

 親指の爪で額をカリカリと掻くと、荒神に言ったのだ。


SSSSクアドラプルくらいになってんじゃないの?」


 そう言われ、今度は荒神が目を丸くする。


「確かにとんでもない成長速度だ。まるで3段……いや、5段飛ばしくらいで階段を駆け上るが如く。Dランクってのがギャグなんじゃないかってくらいにはおかしな話だ」

「……はぁ、それがわかってるなら、対策くらい考えておきな」

「対策?」

「他国からの圧力に決まってるだろう」

「げ、何それ……超面倒臭ぇ……」


 顔を歪め、嫌そうな表情をする山井に、荒神は再び溜め息を吐く。


「はぁ~~……越田をSSSトリプル認定した時だって波風立ったんだ。伊達がもし私たちの予想通りなら、とんでもない大波にだって化けるんだからね」


 すると、山井はあの言葉を思い出す。

 そう、伊達に言われたあの別れ際の言葉を。


 ――……それじゃあ、その評価を覆せる、、、ように頑張りますよ。


「あ~~……ん~……」

「何だよ、気持ち悪いね」

「荒神さん」

「だから何だよ?」

「予想以上だったらどうなるのかな?」


 その質問に、山井は荒神が焦る顔を想像した。

 しかし、荒神はただそれを聞き、すんと鼻息を吐いてから窓の外を見たのだ。


「予想以上なら……そりゃ、世界の救世主ってやつだよ」


 そう言われ、山井は目を丸くし、くすりと笑った後、大きく笑ったのだ。


「ふ、はははははっ! そうだな、確かにそうかもしれんわ!」


 山井は豪快に、そして嬉しそうに笑った。

 正面に視線を戻した荒神が、最後の一枚のファイルを覗く。

 そこにあった名前は――――、


「……意織」

「はははは! ん? あ?」

「この女、誰だか知ってるかい?」

「ん? あぁ、川奈かわなららだろ? 有望だぞ」

「じゃあ、この女のこの欄はよく読まなかったのかい?」


 荒神に指差された川奈ららのプロフィール。

 指先に視線を合わせ、発見したのは――両親のフルネーム。


「【川奈かわな宗頼むねより】……っておいおい、マジかよ」

「KWN株式会社、代表取締役、社長執行役員兼CEO……川奈宗頼」


 荒神の指摘に、山井は目を丸くして言う。


月見里やまなしの言葉を借りる訳じゃないが……何なんだ、この三人?」


 呆れた様子の荒神が頭を抱える。


「……そりゃ私が聞きたいよ」

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