第129話 調査課1

「ここが派遣所の調査課」


 月見里やまなしに言われ、俺と川奈さんは新宿にある都庁付近のビルを見上げる。


「おぉ……高い。俺、こんなビルに入るの初めてだよ」

「お邪魔しまーす」


 川奈さんの胆力は、こういう時に羨ましく思う。


「伊達さーん! 早く早くー!」


 川奈さんが急いでいるのには理由がある。

 どうやら新宿おススメの店を俺に紹介したいのだそうだ。

 しかも、川奈さんの奢りで。

 年下の美少女に奢ってもらうというのはアレなので、みことに連絡をして、2000円の使用許可を得た。

 ただの食事に2000円も使う事があるのか?

 そう聞くと、みことは俺にとても恐ろしい事をToKWトゥーカウで伝えた。


 超心臓――ふざけてるの? 2000円なんて新宿じゃ一瞬よ、一瞬。

 玖命―――何、その怖い町?


 そんなやり取りがあっただけに、俺はこの新宿という町が恐ろしくて仕方ない。

 月見里やまなしさんの後に続く川奈さんに続き、俺はビルの中に入った。途中に見えた各階のインフォメーションを見ると、他の企業も入っているようだった。


「持ちビルじゃないんですね」


 月見里やまなしさんに聞く。


「いつでも逃げられるようにね。パソコンのデータはクラウドに保存してるから、このビルが倒壊したとしても無くなるのは当日のデータくらいなの」

「ビルが倒壊……ですか」


 川奈さんがブルっと肩を震わせる。

 ビルを倒壊させられるモンスターといえば……やはりSランク以上のモンスターだろうか。

 赤鬼エティンみたいなAランク上位とかなら出来るかもだけど、それでもやはり、最近のビルの基礎工事には、魔石の導入義務があるから、そう簡単には破壊には至らないだろう。

 八王子の大災害が原因で、それらに着手するビルのオーナーもいるようだ。


「それじゃ、まず地下ね」

「「地下……ですか?」」


 俺と川奈さんはそう言ってから見合った。

 何故なら、鑑定課はビルの6階~9階。

 地下には…………派遣所のトレーニングルーム。


「伊達さん、何か嫌な予感がしてきました」


 川奈さんの言いたい事は何となくわかった。

 がしかし、これは予期出来た内容とも言える。


「まぁ、今日で最後にしてもらえるならいいんじゃない?」

「はぁ~……そうですね。面倒な事はまとめてって言いますもんね」


 そう言って、俺たちは月見里やまなしと共に、ビルの地下へと向かった。

 エレベーターの扉が開くと、そこには人の良さそうな年配の男が立っていた。

 坊主頭の柔和な顔、首元のしわから年齢こそわかるものの、見た目は20代にすら見える童顔男性。


「やぁ、来てくれたね。調査課課長、鳴尾なるおあきらです」


 なるほど、やはり彼が先の通話相手の鳴尾なるおあきら

 俺と川奈さんは彼と軽く握手をかわすと、その手に導かれるまま、奥のトレーニングスペースに連れて行かれる。

 そこへ着くや否や、月見里やまなしが肩をビクつかせた。

 奥で屈伸運動する男を見たからだろう。


「か、課長……な、何であの人がいるんですか……」

むしろ、あの人しかいないだろう。連絡したら、すぐに来てくれたぞ」


 どうやら、あの人……とやらは、月見里やまなし鳴尾なるおにとっても目上の人間なのだろう。

 つまり、あの男の正体は――。

 しかし、【脚力S】を持つ月見里やまなしがビクつくのもわかる気がする。あの男……強い。


「おー! お前らが噂のチームか!」

「お、大きいです……」


 川奈さんが見上げるのも仕方ない。

 この男、どう見ても2mを超えている。

 あの越田高幸と同じくらいじゃないか?


「ほぉ、この子は【騎士】? いや、【上級騎士】かな?」

「おぉ! 凄いです! よくわかりましたねっ!?」

「そりゃお前、そんなバカでかい盾持ってりゃ、【騎士】系だって事くらいはすぐにわかるさ。後は体幹と視線、意識を追ってみりゃある程度の成長は予測出来る。しかも、良い錬度だ」

「おぉー! 伊達さん、この人、凄い人ですっ!」


 褒められて嬉しいのだろう、川奈さんは目を輝かせて俺に言った。

 だが、俺としては彼の鍛えられた肉体の方に驚きだ。

 逆立つ白い髪、太い首、鋭い眼光、年季の入った顔の皺。

 首元に残る大きな傷は、回復魔法でも治りきらなかったものだろう。うーむ、彼の存在はとても若々しい。それ故、同年代を前にしているようだ。


山井やまい意織いおりだ」


 再び握手。やはり強い。

 彼の手から伝わる握力以上のナニカ。

 おそらく、彼が四条さんが言っていた「古参連中」の一人。


「伊達……玖命です」

「ほぉ、やはりお前が伊達か。荒神さんがよろしく言ってたぜ」

「あ、荒神さんが……?」


 面識なんてないのにな……。


「はははは、いきなりそんな事言われても困るわな! そんじゃ、ちゃちゃっとやっちまおうか! 話はその後だ!」


 そう言われ、俺と川奈さんはまた顔を見合わせた。

 やはり、やる事は想像通りといった様子だ。

 ちらりと鳴尾なるおさんの方を見ると、コクリと頷いた。

「今日これっきりにするから」と言いたげな表情である。

 俺は深く溜め息を吐き、山井さんに言った。


「二人で? それとも一人ずつの方が?」

「そうだな、まずは一人ずつにしようか。悪いな、気ぃ遣わせて、はははは!」

「それじゃ、まずは私からですねっ!」


 川奈さんは先陣を切るように言った。

 こういう時のために、もしかして山井さんは川奈さんを持ち上げたのだろうか。

 それにしても「山井」って名字……どこかで聞いた記憶が?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る