第125話 月見里梓という女1

「…………ぇ?」

「こんばんは」


 俺がそう言うと、目の前の女はピタリと止まった。

 女は黒のライダースーツをまとっていた。

 肩口まで伸びたミルクティーアッシュの髪。目元の凝ったメイクと大きな瞳。そして、艶やかな赤い唇。猫のピアスをし、フルフェイスヘルメットを抱える手には肉球のネイルアート。

 これは…………アレだ。

 みことに聞いた事がある。

 俗に言う白ギャルというやつではないか?


「あ、あははは……こ、こんばんは~……」

「どちら様ですか?」

「え……い、いやですね、挨拶されたので返しただけですけど……?」


 そう言う女の目は……泳いでいた。


「いや、ずっと俺たちの事、見てましたよね?」

「さ、さぁ? 何の事だか……?」

「では、その荷物の中身を確認させてください」

「ちょ、それは流石におかしいんじゃない?」

「いえ、私はDランクの天才です。Eランク以降の天才は、警察と同様に、職務質問や、取り調べ行為が可能なんです。ご安心を。既に録画を始めていますので、俺に何か越権行為があった場合、通報してくださって結構です。あ、アナタも録画どうぞ」

「じゃ、じゃあその証拠を見せてください」


 まさかこんなところで使うとはな。


「これが俺の天才証明です」

「…………ラ、ランク表記がGじゃない。ほら」

「更新していないだけです。確認されるのでしたら派遣所の電話番号をお伝えしますが?」

「派遣所が天才の個人情報を教える訳ないじゃないですかぁ~」

「天才がこれに同意した場合、一般市民にも情報開示が可能です。私の電話番号から掛ければ、声紋一致をもって許可申請を出すので何も問題ありません」


 次第に顔をヒクヒクさせる女。

 この間、俺は【天眼てんがん】を使って彼女の情報を覗き視た。

 なるほど、【脚力S】を持った天才か。

 月見里やまなし……かな? 月見里やまなしあずさ……まぁ、この天恵ならおおよその見当はつく。


「っ!」


 瞬間、女は風のようにその場から姿を消した。


「速いな、流石は【脚力S】……」


 俺もそれに続くように月見里やまなしの後を追った。

 俺の【脚力】はAだが、それ以外の速度を上げる天恵――【剣皇】、【拳聖】、【武将】、【上忍】があれば……!


「嘘っ!?」

「こんばんは」


 たとえ【脚力S】相手だとしても、逃す事はない。


「くっ!」

「鬼ごっこですか?」

「ちょっと! 付いて来ないでよっ!」

「俺たちを監視してた理由を教えてくれたら……検討します」

「検討するだけで逃がさない気でしょっ!?」

「いや、それはお姉さん次第というか」

「ちょっと! 私はまだ22!」


 メイクのせいか大人びて見えるが、【天眼てんがん】の情報通り、彼女の年齢は22歳。

 だが――、


「俺は21なので、お姉さんで合ってますよ」

「年下が生意気なんじゃないっ!」


 屋上から屋上へ跳び回る月見里やまなし

 仕方ない、ちょっと小細工をするか。


「くっ、何でそんなに速いのよ!」

「お褒めにあずかり光栄です」

「理由を聞いてるのよ!」


 俺は月見里やまなしの進行方向に立って待ち構える。


「くっ! それで勝ったつもり!?」


 当然、月見里やまなしは方向転換をする。


「あのー」

「また前にっ! このっ!」


 方向転換。


「荷物の中、ガチャガチャいってますけど?」

「うるさい!」


 また方向転換。


「何が入ってるのかわかりませんけど、機械とかなら壊れちゃうんじゃないですか?」

「邪魔しないでよっ!」


 そして方向転換。

 そうして誘導していきながら、俺はスマホを取り出す。

 そして、とある人物に連絡を入れたのだ。


「はぁはぁはぁ……な、何なのよあの男っ!」

「こんばんは」

「っ!? ま、いたと思ったのにっ!?」


 再び跳び上がろうとした月見里やまなしを押さえる。


「あっ!? ちょ、ちょっと! 女の子には優しくしなくちゃっ!? あた!? あいたたたたっ! ちょっと! 痛いんだけどっ!?」

「すみませんね、もう着いたので」

「はぁ!? 着いたってどういう事よっ!?」


 そんな俺たちの言い争いが聞こえたのか、俺たちの右側にある家。その玄関先の照明ライトいたのだ。

 月見里やまなしを取り押さえる俺と、ニヤリと笑う月見里やまなし


「た、助けてっ! 暴漢よっ!」


 何て失敬な。

 だが、月見里やまなしの声が周囲の家に届く事はない。

 何故なら、その一言だけで月見里やまなしは黙ってしまったのだから。

 月見里やまなしの目に映る、仏頂面の女。

 少年とも少女とも見紛みまがう美少女。

 美少女は棒付きキャンディロリポップを口に含み、面倒臭そうな表情で俺たちを見ていた。

 月見里やまなしはあんぐりと口を開けて美少女を見る。


「あ、あなた……!」

「あぁ? 何だよ、スカウト班の月見里やまなしじゃん」


 美少女はロリポップを月見里やまなしに向けて言った。


「し……四条しじょうなつめ!? な、何であなたがこんなところに!?」

「ここ、俺の家なんで」

「いやいやいや! 理由になってないから! ちょっと、四条! 助けなさいよ!」

「やなこった」

「ちょっと! その性格皆にバレてもいい訳!?」


 なるほど、月見里やまなしは四条の性格を知る数少ない人間のようだ。


「別にいいよ」

「はっ!?」

「喋ったらアンタが任務中に酒を呑んでた事バラすだけだから」

「ちょっと! あの話はもう片が付いたでしょ!?」

「はぁ? その後にもう一回やっただろ? 再犯は部長に怒られるぞぉ~?」

「くっ! ふざけんなよ、四条っ!」

「はいはい聞こえな~い」


 情報部って、ろくな天才がいないんじゃないか?

 そう思ってしまう程には……この現場はカオスだった。

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